キリスト者が迫害され、家畜を殺されると、生活の基盤を奪われたデービッド一家は離散しました。彼は独りで9年間、難民キャンプにいました。神が一緒だと分かっていても、家族2人の訃報に心が折れました。

その昔、抑圧された民族がいました。神は、その民イスラエルをエジプトから導き出せとモーセに命じられました。モーセが渋々同意してファラオに対峙(たいじ)すると、彼は「私は主を知らない。イスラエルは去らせない」(出5:2)と言って苦役を増やしました(6-9節)。人々はモーセを非難し、モーセは神に不平を言いました(22-23節)。結局、イスラエルは解放されましたが、それは神の時、神の方法によるものでした。

神は、私たちにご自分の性質や品性を教えようと長い間取り組まれ、素晴らしいことのために準備されます。

デービッドはキャンプでの日々を無駄にせず、ニューデリーの神学大学院で修士号を取得しました。牧師となり、新しい土地で、難民として暮らす同胞に仕えています。彼は「私自身の難民経験は、しもべとして人を導くために私を練ったるつぼです」と言い、出エジプト記15章2節のモーセの賛歌、「主は私の力、……主は私の救いとなられた」を、自らの証しで引用します。そして、彼の主は、私たちの主でもあるのです。