吹雪の間、我が家に避難したことをきっかけに、母と同居することになりました。知恵や助言をもらったり、先祖のことを教えてもらったりと、良いことがいろいろ起こりました。私の夫とも親友になりました。母はもう客ではなく、かけがえのない家族の一員になりました。神のみもとに帰った今でも、私たちの心を永遠に変え続けています。

この経験は、イエスが「私たちの間に住まわれた」(ヨハ1:14)ことを想起させます。使徒ヨハネが用いた「住む」という単語は、元々は「テントを張る」という意味です。「わたしたちの間に宿られた」(新共同訳)と訳す聖書もあります。

信仰によって、私たちもイエスを、我が心に宿るお方、としました。使徒パウロは次のように記しました。「どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。そして、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが……人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように」(エペ3:16-17、19)

イエスは客人ではなく永遠の住人です。ご自分に従順な全ての人を成熟した強い人にしてくださいます。心の扉を大きく開いて、このお方を歓迎できますように。