ケリー・パッカードは、転居の荷造りの最中に突然倒れ、心停止になりました。一旦は蘇生したものの夜間に容体が悪化し、夫は親族に連絡するようにと医師に告げられました。家族は必死に祈りました。
新約聖書のマリアとマルタも必死でした。イエスに「あなたの愛しておられる者」(ヨハ11:3)が重病ですと兄弟ラザロのことを伝えましたが、イエスの到着はラザロの死後4日目でした。マルタは「もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」(21節)と嘆きました。イエスは病人を癒やせると知っていたからです。しかし、死を打ち破る力については、想像だにしませんでした。イエスはその力を駆使してラザロをよみがえらせました。それは数週間後に起こる主の復活の予兆でもありました。
神はケリーを奇跡的に生き返らせました。ケリーやラザロの話で見落とされがちなことは、神には私たちの知らない計画があるという事実です。神は全ての人を癒やしたり、生き返らせたりされるわけではありません。しかし、イエスは「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」(25節)と言われ、全てに勝る保証を下さいました。私たちキリスト者は、何が起ころうとも、キリストが共にいてくださると知っています。それが、必死に祈るときでさえ心に若干の余裕をくれるのかもしれません。
あなたを必死にさせた出来事は何ですか。その時どう祈りましたか。