Category  |  キリストのために生きる

神から頂くこと

ナポレオン・ヒルは、1937年の著書、『思考は現実化する』で、「自分で着想を得て、自分を信じたなら、全て実現できる」と述べています。この言葉は「アメリカン・ドリーム」の象徴です。全力で働けば野望は必ず実現できる、と。

生きる道

ジョージ・ワシントン・カーバーは1860年代、奴隷として生まれました。この病気がちの赤ん坊は、奴隷商人に誘拐され、売り飛ばされそうになりました。奴隷制度がすでに廃止されていた十代の頃、彼は、白人の集団が黒人を殺すのを目撃しました。学業成績は極めて優秀でしたが、カンザス州のハイランド大学は、肌の色を理由に彼の入学を認めませんでした。しかし、彼の信仰は、それでも揺るぎませんでした。彼が座右の銘とした聖句は、箴言3章6節です。「汝(なんぢ)すべての途󠄃(みち)にてヱホバをみとめよ さらばなんぢの途󠄃を直 (なほ)くしたまふべし 」(文語訳)

神の助けを届ける

私は当時10代で、友人リサとぎくしゃくしていました。ですから、夏のキャンプで彼女と同室になると分かってがっかりでした。それでも、お互いに節度を守って1週間を過ごし、最後の夜は、お楽しみのキャンプファイヤーです。しかし、私は熱があって早めにベッドに入りました。笑い声や歌声が外から聞こえてきます。私はリサがそばにいて、体温を測ってくれたので驚きました。「外には行かない。カレンが病気だもん。そばにいるよ」。彼女は皆と楽しむという選択もできたのに、私の看病を選んでくれました。その思いやりをとてもうれしく思いました。

立派な信仰

友人J.D.はアフリカの国々で驚くような光景を見ました。彼のザンビア東部からのメールには、女性たちが3年間の伝道計画を発表している写真がありました。「これほど熱意のこもった戦略計画のプレゼンは初めてです。ホワイトボードの代わりに地面に絵を描き、体裁の整った配布物の代わりに、くしゃくしゃの大きな紙を2人が掲げ、説明していました。本当に驚いた!」

委ねて静かに待つ

アデレード・ポラードのことは、あまり知られていません。彼女が脚光を望まない、謙遜な神のしもべだったからです。40歳の時、アフリカ宣教に召されていると強く感じましたが、扉は閉ざされ、大いに落胆しました。しかし「粘土が陶工の手の中にあるように、……お前たちはわたしの手の中にある」(エレ18:6)の御言葉を思い出しました。こうして、聖歌295番「成したまえなが旨」を書きますが、その中に「われはただ汝が手のうちにある土くれ」という歌詞があります。

耐え抜く力

牧師のマークは、35年に渡り、心を込めて二つの教会に仕えました。彼はマラソンランナーでもあります。牧師を引退する際の贈り物の一つは、新しいランニングシューズでした。私は20年以上前に一度、一緒に走っただけですが、彼は、これまで、いくつもの都市で、42.195キロの道のりを走ってきました。歓送会では、教会や地域の人々が、彼の実直な働きに謝意を述べました。神の力と恵みによって、マークは牧師として、有終の美を飾りました。

名もなき女性たち

シェリアは、テーブルを除菌クリーナーで拭き、使用済みの紙コップや紙皿の入ったごみ袋を結ぶと、それを手に部屋を見渡しました。教会の集会後の掃除担当として、最終確認をしたのです。その時、ある思いが心をよぎりました。「私の奉仕なんて、気付いてくれる人はいるのかしら」

元気をあげる

アメリカンフットボールのトラビス・ケルス選手に関する記事の中に、彼のコーチの言葉があり、明察だと思いました。「この世で出会う人は皆、エネルギーをくれる人か、吸い取る人かだ」

小さく始め、大きく育てる

エンジニアのチャールズ・エレット・ジュニアは1848年、ナイアガラ川に初めて架ける橋の施工法について考えていました。そして夢に示唆を受け、たこ揚げ大会を開くと、アメリカ人の青年、ホーマン・ウォルシュは、たこを川の対岸に着地させ、賞金を獲得しました。ホーマンのたこの糸は木に結び付けられ、その糸につり橋用の細いコードを結び、対岸からたこ糸を手繰り寄せました。そして、徐々に太いコードを結んでは手繰り寄せる、を繰り返して強度を上げ、最後に重いワイヤーケーブルを渡しました。ナイアガラ川のつり橋の建設は、小さな一歩から始まったのです。