食料品の買い出しから夫婦で戻ってきて、ドーナツの袋を必死に探しました。買ったつもりなのに見つかりません。レシートを確認すると買い忘れています。私はイラついて「もう! ドーナツを買いに行ったのに!」と叫びました。15分後、夫がドーナツの袋を手渡してくれました。そっと家を抜け出して、大雪の中、買ってきてくれたのです。私はばつが悪く、彼をハグして、「私のわがままのために事故に遭わなくてよかったわ」と言いました。

普通ならドーナツで大騒ぎなどしません。しかし、精神的に疲労困憊(こんぱい)の一週間だったので、ドーナツで癒やされたかったのです。しかし、夫の思いやりで、より深く癒やされました。

欲しいものを手に入れて得た慰めは長続きしません。使徒パウロが語っているように、永遠に続く真の慰めは、「慰めを豊かにくださる神」から来ます(Ⅱコリ1:3)。

パウロは、この手紙を読む人たちの苦悩と必要を理解していました。彼らと同じように、パウロもまた試練と闘っていたからです。その中には信仰ゆえの迫害も含まれます。しかし、痛む心を神に慰めてもらっていたので、他の人を慰めることができました(4節)。

心が疲れたとき、傷ついたとき、イエスのもとに行きましょう(5節)。そこには慰めがあります。そして、主の慰めを味わったなら、それを他の人にも分けてあげましょう。