全米プロバスケットボール(NBA)のチーム、ダラス・マーベリックスのオーナーが、シカゴのスポーツ・トーク番組の司会者に、こう申し出ました。「ダラス・マーベリックス」に改名すれば1500万円支払う、さらに、司会者が支援したい慈善団体にも1500万円寄付する、と。この司会者は、しばらく考えた後、きっぱり断りました。そして「金のためなら何でもすると言っているようで嫌だった。名前は生得権だ。私は品位と信用を保ちたい」と説明しました。
この司会者が、名前を生得権と言ったように、初期のキリスト者は、「キリスト者」という名前を、新生の生得権だと考えました。バルナバとサウロは1年間アンティオキアで福音を伝えて、教会が成長しました。アンティオキアの信者たちの生き方は、まさにキリストのようだったので、町の人たちが、彼らを「キリスト者」と呼んだのです(使徒11:26)。「キリスト者」はキリストに属する人でした。そういう名を持っていることで、結局、迫害されることになりました。しかし、ペトロは「キリスト者として苦しみを受けるのなら、決して恥じてはなりません」と皆を励ましました(Ⅰペト4:16)。
イエスに従う人にとって、「キリスト者」という名前は生得権です。 どんな大金をもらっても、迫害されても手放せません。私たちは日々、この名に恥じないよう生きる責任があります。そのための必要は、神が満たしてくださいます。
クリスチャンと聞くと、世間の人は何を思うでしょう。自分はクリスチャンだと言うとき、それはあなたにとって何を意味しますか。