友人のブッチ・ブリッグスは、51年間、地元の高校の水泳部のコーチとして皆に愛されています。私が「この50年で何度、州選手権で勝ったの?」と尋ねると、彼は持ち前の穏やかな口調で「一度もないよ。一度も出てないから」と言いました。それで「じゃあ、君のところの選手は?」と再度尋ねると、彼はうれしそうに「39回」と答えました。コーチの役割は確かに重要ですが、勝ったのは選手たち。それを自分の手柄にしないのがブッチです。
彼の謙虚さは、洗礼者ヨハネの姿を想起させます。ヨハネは、人々にイエスが約束の救い主だと示すことが、自分の役目だと考えていました。しかし、世間の注目を集めたため、宗教指導者たちは、彼が何者なのかを突き止めようとしました。ヨハネは「公言して隠さず、『わたしはメシアではない』と言い表した」(ヨハ1:20)と、聖書は語ります。宗教指導者たちが、どれほど強く迫っても、自分の役目はイエスの到来を告げること、という彼の認識は崩れませんでした(21-23節)。イエスこそ、御民が待ち望んでいたお方でした(27節)。
謙虚さの特徴は、必要以上に手柄を誇らないことです。それは、他の人の仕事や役目に敬意を払いながら、自分が成し遂げた成果を正しい視点で捉える方法の一つです。
どういうときに謙虚になるのが難しいと思いますか。あなたが謙虚な姿勢でいられるように、聖霊はどう助けてくださいますか。