物惜しみしない愛
孫の11歳の誕生日をレストランでお祝いしました。息子が誕生日の子に「何が食べたい?」と尋ねると、「サーモンがいいけど、高すぎるね」と答えました。すると息子は「今日は誕生日だから、それが食べたいなら、それを頼もう」と言ったのです。孫は大喜びでした。
御父の愛を映す
スコットランドの宣教師メアリー・スレッサーは、宣教と人道的社会改革の象徴として人々に覚えられています。1848年に生まれ、1876年からナイジェリアのオコヨンに遣わされました。その地域では、双子が生まれると、どちらか一方は悪霊の子だと信じられていました。その結果、多くの双子が、飢えや危険の中に放置され、殺されました。メアリーは、神の愛の心を映して、約40年の働きの中で数百人の危険に瀕した子どもたちを救い、自らも9人を養子に迎えました。
気前よく与える心意気
大叔父の追悼式では、夫婦で温かく人をもてなし続けた彼の生涯に敬意を示し、その象徴としてローストビーフとトウモロコシ、豆の食事が提供されました。彼らは毎日曜日、教会へ行く前に、大きな肉と野菜をスロークッカー(電気煮込み鍋)にセットしました。そして、礼拝後に必ず誰かを昼食に招きました。相手は友人の場合も、初対面の人の場合もありました。どちらにしても、彼らは、必ず十分なごちそうを準備し、日曜日の午後は、客をもてなすために取り分けられていました。
祈りという贈り物
父の日のカードを買うために、重い足取りで店に入りました。15歳で家を出ましたが、もう父を恨んでいません。心の痛みを受け取ってくださいと、長い年月をかけ、祈り、内省し、やがて父を赦(ゆる)しました。しかし、何十年経っても、「最高のパパに感謝!」と書かれたカードに共感できません。そんな私は、天の御父の栄光のために、必死の思いでカード売り場に立ち、地上の父のために祈りました。
共に助け合う
ミシガン州チェルシー市の人気書店セレンディピティ・ブックストアーは、店舗拡張が必要でした。店主は近所に2倍の面積の物件を見つけましたが、休業も箱詰めもせず、迅速に移転したいと思いました。それで、地元の人たちに助けを求めると、何と300人以上が現れました。彼らは一列に並んで9100冊の本をバケツリレーし、引っ越しを2時間で完了させました。店主は言いました。「この店は、地域のものです。地域の方々が、店のオーナーなのです」。この時、人々は平等な立場で働きました。
緑のペストリーと神の臨在
孫が泊まった夜のことです。彼の聖書の詩編23編にしおりが挟まれていたので、読もうと言うと、前に読んだ箇所だと言います。新しい発見があるかもしれないよ、と言うと、彼は読み出しました。「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを緑のペストリーに休ませ……」私はすぐに、パイやタルトのお菓子じゃないよ、「パスチャー」、牧場だよ、と説明しました。実は日中、おやつのペストリーを買ったのです。ベーカリーは楽しい休息の場所、というのが、彼の解釈のようでした。
神の助けを届ける
私は当時10代で、友人リサとぎくしゃくしていました。ですから、夏のキャンプで彼女と同室になると分かってがっかりでした。それでも、お互いに節度を守って1週間を過ごし、最後の夜は、お楽しみのキャンプファイヤーです。しかし、私は熱があって早めにベッドに入りました。笑い声や歌声が外から聞こえてきます。私はリサがそばにいて、体温を測ってくれたので驚きました。「外には行かない。カレンが病気だもん。そばにいるよ」。彼女は皆と楽しむという選択もできたのに、私の看病を選んでくれました。その思いやりをとてもうれしく思いました。
神にすべてをささげて
シンガポールには徴兵制度があるので、私も皆と同じように18歳になると入隊しました。正直なところ、嫌々でした。2年半の任務の間、他の青年たちと同様、私は罰せられない最低限のことをしました。例えば、指示に従わなかったと言われないようにする、です。一方、与えられた任務に全力でまい進し、経験から多くを学んで、その結果、指導力と忍耐力を身に付けた仲間もいました。今、振り返ると、そのような頑張りや前向きな姿勢の方が、神に喜んでいただけたに違いないと思います。例えば、旧約聖書のヨセフのように。
イエスを模範に
ある若い医師の行動を病院で偶然目撃して感銘を受けました。彼は、上司らしき年配の医師とインターンたちと病室を巡回していました。彼らは、患者の病状を説明する年配の医師に熱心に耳を傾けていましたが、突然、患者が「用を足したい。でも自分は起き上がれない」と訴えました。看護助手を待つ余裕のない切羽詰まった様子で、病室の空気が緊張しました。