神にすべてをささげて
シンガポールには徴兵制度があるので、私も皆と同じように18歳になると入隊しました。正直なところ、嫌々でした。2年半の任務の間、他の青年たちと同様、私は罰せられない最低限のことをしました。例えば、指示に従わなかったと言われないようにする、です。一方、与えられた任務に全力でまい進し、経験から多くを学んで、その結果、指導力と忍耐力を身に付けた仲間もいました。今、振り返ると、そのような頑張りや前向きな姿勢の方が、神に喜んでいただけたに違いないと思います。例えば、旧約聖書のヨセフのように。
イエスを模範に
ある若い医師の行動を病院で偶然目撃して感銘を受けました。彼は、上司らしき年配の医師とインターンたちと病室を巡回していました。彼らは、患者の病状を説明する年配の医師に熱心に耳を傾けていましたが、突然、患者が「用を足したい。でも自分は起き上がれない」と訴えました。看護助手を待つ余裕のない切羽詰まった様子で、病室の空気が緊張しました。
謙虚にささげる
ある人が2人の娘を乗せて小型機を操縦してアラスカ州ソルドトナを出発しましたが、行方不明になり、地元のパイロットたちが捜索に乗り出しました。そのうちの一人テリー・ゴーデスが、数時間後、凍てつく湖に水没しかかっている壊れた機体を発見しました。翼の上には3人が立っています。長時間立ち続けていた3人は、ついに国家警備隊に救出されました。ゴーデスは、時間や労力、燃料等を惜しみなくささげ、彼らの命を救いましたが、謙遜にも「飛行機を最初に見つけたのが、たまたま私だっただけです」と語りました。
いと高き王のしもべ
その夫婦は子ども2人とアルゼンチンでひっそり暮らしていました。家でも外でもスペイン語しか話しませんでしたが、彼らは長期潜伏中の他国の工作員でした。フォークの使い方に至るまでこの国の文化を修得していましたが、市民登録の変更をきっかけに矛盾が発覚し、やがて逮捕されました。本国に送還される機内で、母は11歳の娘を見つめました。自分たちの真の姿は、彼女が信じていたものではないことを、どのように伝えようかと考えていたのでしょうか。
愛を動機とした働き
エミリー・ケンワードは、少し前にキリストを信じてから、今まで気にならなかったことに疑問を感じるようになりました。例えば、ブライトン市のラベンダー通りは、高齢者が多い地区なのに、お年寄りを見かけないのはなぜだろう、と。その気付きが、行動のきっかけでした。
神への愛を動機に仕える
父は働き者でしたが不器用で、配管や暖房、トラクターが壊れると、誰かが助けてくれました。そんな時、貧しくて応分のお礼ができなくても、何とか払おうとしましたが、相手は受け取りません。彼らは困っている人を助けたかったのです。
神の視点
ハドソン・テーラーは、英国を離れ、中国で福音を伝えていました。活動は大変ながらも順調でした。しかし、1865年、より多くの宣教師を奥地に派遣しようと考えた時、護衛は付けられないので、非常に悩みました。テーラーは、神と格闘するように祈り、次のように記しました。「主は私の不信仰を打ち負かしました。そして私は神に降伏しました。……全ての責任と結果は神にあると認識しました」
主にある真の満足
当時、私と同僚は失業中で、ハローワークの研修に参加しました。今でもよく覚えていますが、30年前のことです。その時定年退職のあいさつ文を書く課題がありました。私たちの定年はずっと先で、今は職探しの最中なのに、どういうことだろうといぶかると、講師は「あなたのあいさつは恐らく、業務内容とはあまり関係ないでしょう」と、その目的を明かしました。仕事は人生の中心ではない。仕事を失えば嘆いて当然だけれど、あなたの人生は、誰かに雇用される以上に尊いものだと説明してくれました。
名もなき女性たち
シェリアは、テーブルを除菌クリーナーで拭き、使用済みの紙コップや紙皿の入ったごみ袋を結ぶと、それを手に部屋を見渡しました。教会の集会後の掃除担当として、最終確認をしたのです。その時、ある思いが心をよぎりました。「私の奉仕なんて、気付いてくれる人はいるのかしら」