サミュエル・クリストファー・ランカスターの1915年の言葉とされる碑があります。「私は神の良き計らいに感謝します。神が創造された美しい絵の額縁としてこの道路が建設され、その仕事の一翼を私が担うことを良しとしてくださいました」。この記念碑は、彼が設計した高速道路の絶景ポイントに立っています。人々は美しいコロンビア川渓谷の森、滝、岩肌を見ながら、その道を走るのです。

人は、才能を誇ったり、成果を己の手柄にしたり、「すごいね」と言われるために、それらを用いたりしがちです。しかし、それを単に神の傑作の額縁だと考えればどうでしょう。一つの例は、神殿建設のための献納物をモーセが呼びかけた際のエピソードです(出35:5)。「心動かされ、進んで心からする者」は、高価な金、宝石、布、革、木材、香料、油などを持ち寄りました(21–28節)。高価な持ち物を心の底からささげたいと願い、自発的に行動した人たちがいました(29節)。熟練の優れた技術をささげた人もいました。全ての人が何かしらの形で貢献しました。ヤギの毛を紡いだ女性たちもいたのです(26節)。

昔も今も、最も大切なことは、「あなたたちの持ち物のうちから、主のもとに献納物を持って来なさい 」(5節)に従う時の心の姿勢です。正しい心でささげるなら、私たちの持ち物も技術も、最も有効に使われます。