私が育ったアフリカ系アメリカ人の家庭の食卓には「ソウルフード」(「魂の食べ物」の意)が欠かせませんでした。「ソウル」という言葉は、1960年代中頃から使われ始めましたが、当初は、私たちの文化背景を表す言葉でした。「ソウルフード」のメニューは、フライドチキン、マカロニチーズ、コーンブレッドなどです。食後のデザートは、時折のぜいたくで、ピーチコブラーは私の大好物でした。

各々の文化にそれぞれのごちそうがありますが、食は命に不可欠なので、イエスの言葉「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」(ヨハ6:35)は意味深長です。

自分に関してこんな主張をする人は、普通はいません。しかし、イエス・キリストはそう断言されました。なぜなら、このお方は神の御子だからです。イエスは「しるしを求める人々」つまり、手っ取り早い目先の利益を求める人々に(2、14、26、30節)、お腹を満たすだけでは不十分だと言われました。ご自分は、真の命の源であり(14:6)、それを支える神の御子だと言われたのです。イエスの死と復活を信じることで己の罪が赦(ゆる)されると信じる人は(11:25-26)、真実の命にあずかります。イエスは、魂に不可欠な糧です。唯一、このお方の内に、命、滋養、真の満足があります。