カナダのシンガーソングライター、ゴードン・ライトフットは「エドモンド・フィッツジェラルド号の難破」や「心に秘めた想い」という不朽の名作で知られていますが、それほど有名でない曲の一つに「暁の吟遊詩人」があります。吟遊詩人とは楽器を奏でて自作の詩を歌い各地を巡る旅芸人です。「暁の吟遊詩人」も私たち同様、憂いではなく幸せを願っています。憂いや悩みはなくなりません。しかし、彼は、新しい朝が明けると、くよくよせず幸せを見つめるという選択をして、そのことを歌にします。

詩編の作者ダビデも、ある意味、吟遊詩人で、同じことを語っています。「朝には、あなたの慈しみを喜び歌います」(詩59:17)。ダビデには憂いも悩みも十分にありました――命を狙う敵や悪意を持って中傷したり陰謀を企てたりする人たちです(2-4節)。「夕べになると彼らは戻って来て 犬のようにほえ、町を巡ります」(15節)。しかし、ダビデは、一日の初めに選択しました。ただの幸せではなく、善良なるお方、すなわち神に焦点を定めると。そして、神の愛を歌ったのです。「あなたはわたしの砦(とりで)の塔、苦難の日の逃れ場 」(17節)、「わたしの力と頼む神よ」(18節)

作詞をしなくても、歌手でなくても、「暁の吟遊詩人」になれます。神に語りかけましょう。「わたしは……朝には、あなたの慈しみを喜び歌います」(17節)と。