英語では受難日をグッド・フライデーと呼びます。その日は悲しい日のはずで、ドイツでは、悲しみの金曜日と呼ばれます。それなのに「グッド」です。その起源は何なのでしょう。神の金曜日、ゴッド・フライデーから派生したと信じる人もいます。

起源はどうあれ、受難日を「良い」と呼ぶのは適切です。イエスは、ご自分を犠牲にするほど私たちを愛され、十字架にかかられました。ですから、私たちにとって「グッド」、良いのです。そして、それ以上に良いことは、死に勝利された3日後の復活です。

新約聖書学者のD.A.カーソンは「イエスを悲惨な十字架に留めたのは、くぎではなく、御父に対する愛ゆえに、御心を行おうという無条件の決意、そして私のような罪人への愛ゆえだった」と記しています。ヨハネの手紙一は「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります」(4:10)と語ります。

受難日の良い知らせとは、神が私たちを愛しておられ、私たちと一対一の関係を求めておられるということです。また、それほど愛されたのだから、他人を愛しなさいという諭しも含まれます(7、11節)。その諭しに従うことで、私たちは、神に対する愛を示します。