その月の光熱費の請求は、いつもより高く100ドルでした。しかし、ロレッタは「神が必要を満たしてくださる」と息子に言いました。ちょうどその日、「いつも励ましてくれる姉さんにお礼をしたい」と弟からショートメッセージがあり、100ドルの入ったギフトカードが郵送されてきました。奇跡、それとも、偶然でしょうか。
ロレッタにとっては、神の奇跡です。彼女は、生きて働かれる神が、必要を賄ってくださると、いつも信じています。
これはイエスの復活の物語の教訓でもあります。イエスのご遺体に油を塗ろうと墓に向かった三人の女性たちは道々、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合いました(マコ16:1-3)。この女性たち(マグダラのマリアを含む)は、イエスと一緒に旅をしつつ、御力の奇跡を目撃してきたのに、妙な心配をするものです。その朝、三人が思い描いていたものは、イエスの亡きがらだったからかもしれません。
しかし、彼女たちは「あの方は復活なさって、ここにはおられない」(6節)と聞かされました。その宣言は、生きておられるイエスに期待できるもの、奇跡の復活の力を明示します。イエスは生きておられます。私たちが、障害となる「重い石」と向き合うとき、イエスは共におられ、助けてくださいます。墓にはおられません。主は復活されたのです。
あなたが目撃した、神の驚くべき御業とは何ですか。あなたにとって、イエスの復活の力を具現化して生きるとはどういうことですか。