遊園地で人気の乗り物が、きしんだ音を立てながら昇っていく時、私は怖くて目を閉じていましたが、静止ポイントでうっかり薄目を開けると、恐怖に震えました。乗り物は急降下し、私は再度目を閉じ、最後まで叫び続けました。子ども時代のあの恐怖は、今でも忘れられません。
自分の人生は、どこまでも下っていき、止めてくれる人は誰もいない、と感じることが、時にはあるかもしれません。しかし、カオスだ、制御不能だ、と思うときでさえ、神が共におられると意識するなら慰められます。私たちキリスト者は、神が聖霊として己の心に宿っておられると知っています、私たちは、神に語りかけ、聖書の言葉に導いていただけます。
神は、御民がご自分を裏切り、堕落した時でさえ、彼らを見捨てないと確約されました。預言者イザヤを通して「恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け わたしの救いの右の手であなたを支える」(イザ41:10)と告げられました。神は苦難の中で助けると、この人たちに知らせたかったのです(13節)。彼らは捕囚となり、異国に連れ行かれました。それでも、神は見捨てない。そう知ることで、彼らはどれほど励まされたでしょう。
自分ではいかんともし難い状況になったときに、神のご臨在と助けを知ることは、勇気の源です。私たちは、愛に満ちた力強い神の御手に守られています。
今、直面している困りごと、または、新たな人生の挑戦はありますか。神が共におられると意識すると、どんな違いがありますか。