鉄鋼業で成功した実業家チャールズ・シュワブは、当時のニューヨーク市で最も豪華となる邸宅を建てようと決意しました。リバーサイド通りの1ブロックを占める大きな土地、フランスの古城から着想を得た、緑豊かな庭園、大広間、豪華な内装。それは1906年に竣工しましたが、間もなくマンハッタンを象徴することとなる高層マンション群とは対照的でした。シュワブの死後、この邸宅は、なかなか買い手がつきませんでした。広すぎて、売値が高すぎ、当時の売れ筋に一致しなかったからです。この邸宅は1948年に取り壊され、大邸宅もその持ち主の記憶も消え失せていきました。
人間の野望、富、豪華な家屋敷などは、やがて消えゆく運命にあることは容易に分かります。それは「肉なる者は皆、草に等しい。永らえても、すべては野の花のようなもの」(イザ40:6)という御言葉を想起させます。イザヤは、不信仰によって神に懲らしめられている人々に伝えました。神は、彼らを矯正した後、慰めてくださると(1-2節)。イザヤが、人、草、花などについて語っていることは事実です(6-7節)。一方、神の真実はどうでしょう。それは、人の命、富、野望、人の称賛よりずっと長く続きます。「わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ」(8節)のです。
自分がいかにはかないものかを心に留めるのは良いことです。同時に、神の言葉はとこしえに立つ、と覚えておくのも賢明なことです。
色あせ、干からび、消えていく、というものを見たことがありますか。神の変わらない品性と朽ちない御言葉にどのように励まされますか。