著名な造園設計家、ピート・アウドルフの設計した庭は、冬枯れても魅力的です。美は、花だけでなく、多くの意外な物に宿ると彼は語ります。異論もあるでしょうが、「枯れた植物(休眠中)が好きだと言った瞬間、問題が生じる。なぜなら、人は枯れた植物が好きではないからだ」と述べています。

植物の巡る命を慈しむ姿勢は、聖書の世界観と共鳴します。神は罪に死んでいた人を愛されました。使徒パウロは、「実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった」(ロマ5:6)と語り、「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました」(8節)と述べています。

イエスは、欠点だらけの男たちを弟子に選び、悪名高い罪人と食卓を囲み、寄る辺ない病人を癒やされました。アウドルフの姿勢もそれと似ています。彼は、一見の綺麗さではなく、それを知るほどに現れる個性に美を見ます。

神の似姿を帯びる者は、世界に神を示します。神と関わり、人と関わる姿を通して示します。世の中には神を垣間見たいと願う人がいますが、役立たずの罪人だった私たちが、神の愛の上に植えられた故に、神の麗しさを映すのです。私たちは、そのために聖霊の油注ぎを受け、主にあって、新しい花を咲かせています。