有名なアスリートが威風堂々と飛行機の座席に座っていました。客室乗務員がシートベルトの着用を促すと、彼はほほ笑んで「スーパーマンには不要ですよ」と応じました。即座に「スーパーマンなら飛行機は不要です。シートベルトを!」と返され、彼は従いました。

人は簡単に思い上がり、「人の指示はいらない。自分の面倒は自分で見られる」と思いがちです。その態度をキリスト者の交わりに持ち込むなら、「目が手に向かって『お前は要らない』」、「頭が足に向かって『お前たちは要らない』」(21節)と言っていることになるでしょう。しかし実際は、どれも必要で、「体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです」(22節)

三位一体の神は、父・子・聖霊が、相互に支え合う愛の共同体の中で豊かな命に満ちて存在しておられます。私たちは、その神に似せて造られました。つまり、神の内にある完全な相互関係は、一人一人の日常生活の場でも、キリストの体である世界の諸教会の中でも、私たちを他者と共に生きるものにしたのです。皆が同じでないのは素晴らしいことです。「もし体全体が目だったら、どこで聞きますか」(17節)。私たちは多様で互いに不可欠です(22節)。あなたの教会で目立たなくとも人に仕えている方々に「私は気付いています」と伝えましょう。そして、自分はどのように人に仕えられるか、祈り求めましょう。