人間の音楽的感性は、どの程度、本能的、または文化的な学習か。それを調べた研究があります。新生児にドラムでリズムを聞かせ、その脳波を観察しました。そして時折、一拍抜くと、何と、赤ちゃんの脳波に変化が見られました。これは赤ん坊の脳が、ビートを予想し、それが抜け落ちたことを認識して反応している、と考えられます。
神は、何と驚くべき存在として私たちを創造されたのでしょう。この研究は、その事実を想起させます。私たちは、音楽という素晴らしい贈り物に喜びで応答するように造られたのです。そういう神の恵みに対して、ダビデ王は「聖なる御名を唱え、感謝をささげよ」(詩30:5)と奨励しています。
しかし、私たちは、心身の痛みや疲れ、後悔や悲しみに落ち込んで、賛美を途絶えさせてしまうことがあります。ダビデは、絶望や死の恐れに襲われましたが、「わたしが死んで墓に下ることに 何の益があるでしょう。塵(ちり)があなたに感謝をささげ……るでしょうか」と、神に切なる願いを伝えています(10節)。
神が「嘆きを踊りに」、「喜びを帯」としてくださると、ダビデは、神の変わらぬ品性を確認して、己の喜びを回復させました(12節)。嘆きを踊りへと変える喜びのリズムは、生まれた時から私たちの心に刻まれています。神が私たちの心を癒やし、そのリズムで満たしてくださるとき、私たちもこう告白します──「わたしの神、主よ とこしえにあなたに感謝をささげます」(13節)
音楽は神の恵みを経験するのにどのように役立ちますか。神は、どのように、あなたの悲しみを踊りに変えられましたか。