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寄稿一覧 Ade Chandra

私たちの歩き方

1年で聖書を!
◆ イザヤ書43-44
◆ Ⅰテサロニケ2
聖書のみことば 申命記11:13-23
 
キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。―ローマ6:4

好きなテレビ番組に、「素敵に大変身!」というコーナーがあります。ふたりの女性が選ばれて、3時間かけて変身させられます。最新の髪型、メイク、そしてファッション。すっかり見違えるようになった彼女たちがカーテンの後ろから現れると、観客からはどよめきが起こります。時には、泣き出す友人や家族もいます。この後、本人はやっと変身した自分の姿を見るのですが、あまりの変貌ぶりに、これが自分だとは信じられないといった様子で鏡の中をじっと覗き込む人もいます。

忙しすぎる

1年で聖書を!
◆ イザヤ書41-42
◆ Ⅰテサロニケ1
聖書のみことば ルカ10:38-42
 
彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。―ルカ10:39

飛行機の搭乗を待っていたとき、私が牧師だと小耳に挟んだ人が、話しかけてきました。彼はキリストを信じる前の人生について語り、それは「罪と自己陶酔」の日々だったと言いました。しかし、彼はイエスと出会ったのです。そして、自分の生活がどれほど変わり、どれほどの奉仕をしてきたかも語ってくれました。それは興味深い話でした。しかし、彼の話は、神のために非常に多忙だったということで、神と非常に親しく交わってきた、というものではありませんでした。それで、「先生、正直なところ、なぜ、こんなにも心が満たされていないのだろうと思うのです」という質問には、少しも驚きませんでした。

精根尽き果て

1年で聖書を!
◆ イザヤ書39-40
◆ コロサイ4
聖書のみことば イザヤ書40:25-31
 
疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。―イザヤ書40:29

私が10代の頃、父と一緒に狩猟や釣りに出かけました。それは幸せな思い出ですが、一度だけヒヤリとする体験をしました。そのとき、私たちは車で高い山に登り、人里離れた場所にテントを張ってキャンプをしました。 そして、長い山道を下って、渓流釣りに出かけました。炎天下の中、私たちは長時間、魚を釣っていました。そろそろテントに戻る時間になって山道を登り始めたとき、父の顔がどんどん青ざめていきました。そして、めまいと吐き気にも襲われ、身体に少しも力が入らなくなりました。

忘れられた神

1年で聖書を!
◆ イザヤ書37-38
◆ コロサイ3
聖書のみことば Ⅰコリント2:6-16
 
神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。
―Ⅰコリント2:11

私たちは、使徒信条を述べて「我は聖霊を信ず」と言います。作家であり牧師でもあるJ.B.フィリップス師は、「このように言うとき、私たちは聖霊が生きた神であり、人の心の内に喜んで入ってくださり、内側からその人を変えてくださることを信じている、と言っています」と語りました。

思い出すことは喜び

1年で聖書を!
◆ イザヤ書34-36
◆ コロサイ2
聖書のみことば 詩篇103:1-14
 
わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。―詩篇103:2

古い友人が90歳の誕生日を迎えようとしていた頃、「バックミラーで通り過ぎて来た道を見るように、人生を少し振り返るときが来たようだ。そして、うるわしい思い出に浸って、何時間も恵みを感謝するときだ。私たちは、神がずっと導いてきてくださったということを忘れがちだけれど、『主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな』(詩篇103:2)だねえ」と言っていました。

戦争の代価

1年で聖書を!
◆ イザヤ書32-33
◆ コロサイ1
聖書のみことば ヤコブ4:1-10
 
何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。―ヤコブ4:1

もし、戦争撲滅・世界平和の名のもとに行われた歴代の戦争の犠牲者が、4列になってロンドンの戦争記念碑の前を行進したら、全員が通り過ぎるのに7日間かかるのだそうです。第一次世界大戦のドキュメンタリー番組の解説で、そのように語られていました。これを聞いて、戦争の恐ろしさにぞっとしました。莫大な戦費、土地や建物の破壊、そして経済活動の停滞は大きな損失ですが、それとは比べ物にならないほどの人的被害が戦争にはつきものです。軍人も民間人も命を落とし、限りなく多くの人たちを悲しませます。戦争の代価は非常に高いのです。

選択の自由

1年で聖書を!
◆ イザヤ書30-31
◆ ピリピ4
聖書のみことば ダニエル書6:1-10
 
彼は、いつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた。―ダニエル書6:10

米国最大の大学フットボールの試合が、2011年にはユダヤ教の大切な祭り、ヨム・キープルに行われることになりました。それを知ったテキサス大学の学生会は、大学側に日程を変えるようにと嘆願しました。長年の宿敵オクラホマ大学との試合の応援に行くか、それとも大切な聖日を守るかという二者選一を、ユダヤ教徒の学生に迫るのは不公平だからというのがその理由でした。しかし、試合の日程は変わりませんでした。宗教の自由が認められている社会で暮らしていても、各人の信仰が試され、難しい選択を迫られることは必ずあるものです。

笑いは禁物

1年で聖書を!
◆ イザヤ書28-29
◆ ピリピ3
聖書のみことば ヨハネ13:31-35
 
それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。―ヨハネ13:35

写真を撮ってもらう時は、笑顔を作るのが普通です。しかし、アメリカには、笑顔の写真を運転免許証に採用しない州があります。盗んだ個人情報を使って免許証を作ろうとする人がいるので、陸運局では、写真の人物が過去に登録された人と同じではないか、コンピューターで厳しくチェックしています。もし、写真の人物が偽名を使っていると見なされると、警告がオペレーターに送られます。ある州ではこうして、1999年から2009年の11年間に、6千件の免許証偽造を食い止めました。しかし、なぜ笑顔の写真がいけないのでしょう。その理由は、無表情の顔のほうが、コンピューターの識別能力が高まるからです。

輝き続ける

1年で聖書を!
◆ イザヤ書26-27
◆ ピリピ2
聖書のみことば マタイ5:14-16Ⅰ、ペテロ2:9-10
 
あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。―マタイ5:16

家の前にある街灯の明かりが消えていたので、何度も電話して修理してくれるように頼んだのですが、なかなか対応してくれません。ここは街灯と街灯の距離が長いので、どの街灯もきちんとついていないと暗いのです。その上、歩道もないので、朝、暗いうちに車で出かけるときなど、登校中の子どもと接触しては大変だと心配でした。