十字架を覚えて
教会の礼拝堂の正面に大きな十字架があります。人間の罪と神の聖(きよ)さが交差した、あのイエスがかかられた十字架の象徴です。私たちの悪い行為、発言、態度、考えなどすべての罪を贖うために、全く罪のない神の御子が死なれました。私たちが当然の報いとして受けるべき永遠の死から救われるために、神の御業が完成しました(ロマ6:23)。
愛が明らかにされた
カナダ、オンタリオ州のウェランドに、「アイ・ラブ・ユー」と書かれた謎の看板が急にいくつも立ちました。記者のメアリーアン・ファースは、真相を調べようと取材を始めました。すると数週間後、公園の名前と日時の記された新しい看板が現れました。そこで、好奇心にかられた町の人たちに混じって、指定された時間に公園に行ってみると、顔を巧みに隠したスーツ姿の男性に花束を差し出され、プロポーズされたのです。メアリーアンは驚いて言葉もありません。この男性は、恋人のライアン・セントデニスでした。
試され清められる
シンガーソングライターのメレディス・アンドリュースは、伝道や創作活動、結婚生活や子育てをすべてこなしていこうとして、精神的に追いつめられたと語ります。彼女は当時を振り返り、神に砕かれ、精錬されているようだったと言います。
祝福の谷
フランスの画家アンリ・マティスは、晩年の作品が自分を最もよく表していると言いました。彼はこの時期、絵の具ではなく切り紙を用いて大作を描くという、新たな挑戦をしていました。そして自室の壁を鮮やかな作品で埋め尽くしました。これは彼にとって大切なことでした。ガンで病床に伏すことが多かったからです。
今はそう見えても
ドンはスコットランドのある牧場で飼われているボーダーコリーです。ある朝、飼い主が軽トラックにドンを乗せて、見回りに出かけましたが、降りるときにサイドブレーキをかけ忘れてしまいました。すると、車は運転席にドンを乗せたまま、丘を下っていったのです。そして、二車線道路を横切ったところで、無事に止まりました。通りがかった車からは、まるで犬がドライブしていたように見えたそうです。物事は見た目どおりとは限りません。
神との時間
ある忙しい朝、教会の保育室で奉仕をしていました。十数人の子どもたちが、しゃべったり、遊んだりしていて、部屋が暑苦しくなってきました。そこで、ドアストッパーを下ろして扉を開けると、ひとりの男の子が逃げ出すチャンスだと思ったのでしょう。誰も見ていないと思って、こっそり抜け出しました。そして、後を付けていくと、思った通り。彼はパパの腕の中にまっすぐ飛び込んで行きました。
光の中で生きる
暗い朝でした。はがね色の雲が低く垂れ込め、部屋は薄暗かったので、明かりをつけて本を読み出しました。しかし、ちょうどその時、突然部屋が明るくなりました。外を見ると、風が東に雲を押しやって、切れ間から太陽がのぞいていました。空の様子をもっと見ようと窓に近づくと、「やみが消え去り、まことの光がすでに輝いているからです」(Ⅰヨハ2:8)という聖書の一節が心に浮かびました。
みんないっしょに
オーストラリアのパースで、電車に乗ろうとした男性の足がホームと車両の間に挟まってしまいました。駅員が助けようとしましたが、できません。そこで50人ほどの乗客が協力し、「いち、に、さん!」とかけ声をかけて電車を押しました。みんなで重い車両を押したおかげで、その男性は足を引き抜くことができました。
しっかり見る
犬のラリーは体重45キロ。大きくたくましく、分厚い毛におおわれています。しかし、強そうな見かけとは裏腹に、とても人懐っこく、飼い主といっしょに老人ホームや病院を訪ねては、みんなを笑顔にしています。