寄稿者

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寄稿一覧 Kimya Loder (ゲスト寄稿者)

スタミナ切れ

看護師の友人が「これ以上はもう無理」と涙ながらに訴えました。「自分は看護師に召されたと信じているけれど、もう精神的に参ってしまった」と言いました。新型コロナウイルス感染症がまん延する混乱の中で働き続け、絶望感に圧倒されていたのです。私は友人の疲れ切った顔を見て言いました。「無力さを感じているのね。それなら、神にもらった志を貫く力と、どこに進むべきかという神の導きを祈りましょう」。彼女は即、一般的な祈りではなく、真剣に具体的に祈りました。そして程なく、新たな目的意識を得て、元気を取り戻しました。神は彼女に看護の仕事を続ける気力や体力だけでなく、国中の病院を回ってより多くの患者に仕える強い力を下さいました。

救いの御手

ブロガーのボニー・グレイは、嵐のような悲しみに囚われたと語ります。最高に幸せだった時期に、突然、理由もなく、パニックや抑うつ感に襲われたのです。何とかしようといろいろと試してみましたが、やがて、その状況に1人で立ち向かえるほど自分は強くないと悟りました。彼女は次のように語ります。「あの抑うつ感が去るように、誰にも何も言わず1人で祈りました。信仰が弱いなどと言われるのが嫌だったからです。しかし、神は、痛みから目を逸らさせたり、自分で自分を責めたりさせたいとは思っておられません。私たちを癒やされたいのです」。彼女は、神の臨在に慰められ、癒やされていきました。神は、逆巻く大波から守ってくれるいかりでした。

愛による働き

レベッカ・リー・クランプラー(1831-1895年)は、医師となる学位を取得した最初のアフリカ系アメリカ人女性です。にもかかわらず、当時は「取るに足らない者と軽んじられ、無視された」と回想しています。それでも、彼女は献身的に治療を続け、自らの使命を全うしました。人種や性別で差別されたとしても、クランプラーは、「任務ならば、いつでも、どこにでも行く覚悟があり、準備もできている」と断言し、その通りに行動しました。彼女は、女性や子どもを治療し、解放奴隷に医療を提供することは、神に仕える道だと信じていました。しかし残念なことに、彼女の功績は100年以上も公には認められてこなかったのです。

あなたを知っておられる

学校で辛かったことを悟られないように平静を装ったことがありました。しかし、母は「何かあったの?」と尋ね、続けてこう言いました。「『別に』と答える前に忘れないでほしいのだけど、私はあなたを産んだ、あなたの母親で、あなた以上にあなたのことを知っているの」。母は、私という人間を十分に知っているので、肝心な時にはいつでも味方になれると、いつも言っていました。

神に希望がある

急増するネット注文のせいで年末の宅配が遅れるようになりました。しかし、どうすることもできません。そこで我が家では、買い物は直接店でしていました。しかし、母が「お急ぎ便」を利用するようになってからは違います。注文後2日で届くことが保証された今、私たちは物をすぐ受け取ることに慣れてしまい、配達が遅れると不満を感じます。

救いの奇跡

ブロガーのケビン・リンの人生は破滅寸前。実際に頭に銃口を当てたと言います。しかし、彼は「誰かが超自然的に部屋に入って来て、私の人生に介入しました。その時、私は、今の私が『神』と呼ぶお方に出会ったのです」と語ります。神はリンの自死を阻み、神の愛で包まれているという絶対的な安心を与えてくださいました。その後、リンは神と出会うという体験を世界中の人々に分かち合おうとYouTubeに自分の証を投稿し、他の人の証も投稿しています。

大胆に立つ

イリノイ州のある町では犯罪の40%が家庭内での暴力です。これは教会員にも関わる問題ですが、なかなか言い出せることではありません。そこで、地域の牧師たちが立ち上がりました。暴力の兆候を見抜くための講習を受けたり、この問題に取り組むNPOを支援したりして、見て見ぬふりはしない、主にあって勇敢に立ち向かう、と示しました。「私たちの祈りと思いやり、身に着けた知識や技術、ネットワークは、大きな変化をもたらしています」とひとりの牧師は語っています。

確かな信頼という信仰

英国の成人は約12分に1回、スマホをチェックしている、という調査結果が2018年にありました。しかし、私たちがネット検索をしたり、メールやSNSの通知、電話の着信音に反応したりする頻度を考えると、これは控え目な数字でしょう。多くの人は、生活に必要な情報を提供し、予定等を管理し、人と自分を繋がらせてくれるものとしてスマホを信頼しています。

仕える心

ニューメキシコ州カールズバッド市のキリスト教団体は、毎月10トン以上の食糧を無料で配給しています。リーダーは「どなたでも歓迎します。私たちは彼らのありのままを受け入れます。私たちの目標は、生活の必要に仕えることで霊的な必要に気付いてもらうことです」と語りました。クリスチャンが、神に与えられたものを用いて地域を祝福し、隣人が神に近づけるように仕える。それは、神の願いです。神に栄光を帰する奉仕の心は、どうすれば育つのでしょう。その心は、神がくださったものの用い方を神に尋ねる中で育ちます(Ⅰペテ4:10)。私たちはこのようにして、神の豊かな祝福に対する多くの感謝を表すのです(Ⅱコリ9:12)。