「誰」と「どのように」
◆ 民数記28-30
◆ マルコ8:22-38
あなたは、キリストです。―マルコ8:29
福音書を読むたびに、自分とイエスの弟子たちは似ているなぁと思います。彼らは私と同じように鈍感で、イエスに「まだわからないのか」や「そんなに鈍いのか」と言われ続けなくてはなりませんでした(マルコ7:18参照)。けれども、やっとペテロが分かりました(一部だけですが…)。イエスが「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」とお尋ねになると、ペテロは「あなたは、キリストです」と答えたのです(8:29)。
名演奏家
◆ 民数記26-27
◆ マルコ8:1-21
こういうわけで、……何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。
―Ⅰコリント10:31
アメリカの有力新聞は、クラシックギターの演奏家のクリストファー・パークニングについて、「音楽の奥深さを解する感性と、完全なまでの技術を兼ね備えた、今日の卓越した演奏家」と称しています。しかし、パークニングには演奏活動から退いた時期があります。絶頂期の30歳で引退し、モンタナ州に牧場を買い、釣りをして暮らしていました。しかし、この悠々自適の生活は、切望していた満足感をもたらしてはくれませんでした。
問題の核心
◆ 民数記20-22
◆ マルコ7:1-13
私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。―ローマ7:18
子どものころに好きだったテレビの漫画に「トム・テリフィック」というのがありました。トムは「考え帽」をかぶって、相棒で驚異の忠犬、マイティー・マンフレッドと一緒に、難題を解決します。いつも諸悪の元凶は、最大の敵、クラビー・アップルトンです。今でもこの悪玉がテレビの中で何と呼ばれていたのかを覚えています。「クラビー・アップルトン、骨の髄まで堕落している。」
希望を失うことはない
◆ 民数記15-16
◆ マルコ6:1-29
わたしはあなたがたを……労役から救い出す。伸ばした腕と大いなるさばきとによってあなたがたを贖う。―出エジプト記6:6
テネシー・アーニー・フォードが歌った「シックスティーン・トンズ」(マール・トラビス作詞)は、1950年代半ばのアメリカで大流行しました。この曲を聴いた当時の人たちは、状況に縛られていると感じている炭坑夫の嘆きに、自分を重ね合わせていたようです。炭坑夫は、働けど働けど状況を変えられません。彼らは、会社が所有する家に住み、賃金は、会社が経営する店でしか通用しないクーポンで支払われていました。この炭坑夫は、仮に天国に召されたとしても、自分のたましいは会社の店の所有物だから行くことはできない、と言うのです。
完全な平和と休息
◆ 民数記12-14
◆ マルコ5:21-43
あなたは私を多くの苦しみと悩みとに、会わせなさいましたが、私を再び生き返らせ、―詩篇71:20
今日の聖書のみことば、詩篇71篇の作者は、多くの苦しみと悩みに遭いましたが、神は自分を再び生き返らせてくださると心の奥底で信じていました(詩71:20)。「再び生き返らせる」の文字通りの意味は、「再度、命のある状態にする」です。詩篇の作者は「(あなたは)私を再び生き返らせ、地の深みから、再び私を引き上げてくださいます。あなたが私の偉大さを増し、ふり向いて私を慰めてくださいますように」(20-21節)と述べています。苦難の人生がずっと続いていたとしても、天国に着いたときにはもう終わっています。