今日、主に仕える
◆ 士師記9-10
◆ ルカ5:17-39
あなたがたは、このすべての悪を行った。しかし主に従い、わきにそれず、心を尽くして主に仕えなさい。―Ⅰサムエル記12:20
すごくやりたかったので、ダメだと分かってはいたけれど、抑えられずにやってしまったという経験が、ほとんどの人にあります。そして、何と愚かで霊的に頑固なのだろうと、後になって後悔します。神に意図的に逆らった結果、引き起こされた出来事の中で、あなたは自分自身に腹を立てたり、茫然自失だったり、愚かな失敗の成り行きに身をまかせて流されるままにしているかもしれません。しかし、別の選択肢もあります。
失敗者
◆ ヨシュア記19-21
◆ ルカ2:25-52
彼らが陸地に上がったとき、そこに炭火とその上に載せた魚と、パンがあるのを見た。―ヨハネ21:9
ハンバーグ、ソーセージ、厚切り肉など、妻の指示に従ってバーベキューをするのが、私の役目です。私は一流のバーベキュー・シェフではありませんが、一度嗅いだら忘れられない、あの炭火焼きの匂いが大好きです。というわけで、「炭火」がおこしてあるというヨハネの福音書21章9節の場面には自然と目が留まります。なぜヨハネは、イエスがご自分を裏切ったペテロに再起を促された話を、このように事細かく書き記したのでしょう。
「誰」と「どのように」
◆ 民数記28-30
◆ マルコ8:22-38
あなたは、キリストです。―マルコ8:29
福音書を読むたびに、自分とイエスの弟子たちは似ているなぁと思います。彼らは私と同じように鈍感で、イエスに「まだわからないのか」や「そんなに鈍いのか」と言われ続けなくてはなりませんでした(マルコ7:18参照)。けれども、やっとペテロが分かりました(一部だけですが…)。イエスが「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」とお尋ねになると、ペテロは「あなたは、キリストです」と答えたのです(8:29)。
名演奏家
◆ 民数記26-27
◆ マルコ8:1-21
こういうわけで、……何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。
―Ⅰコリント10:31
アメリカの有力新聞は、クラシックギターの演奏家のクリストファー・パークニングについて、「音楽の奥深さを解する感性と、完全なまでの技術を兼ね備えた、今日の卓越した演奏家」と称しています。しかし、パークニングには演奏活動から退いた時期があります。絶頂期の30歳で引退し、モンタナ州に牧場を買い、釣りをして暮らしていました。しかし、この悠々自適の生活は、切望していた満足感をもたらしてはくれませんでした。
あなたの手には何があるか
◆ エゼキエル書35-36
◆ Ⅱペテロ1
主は彼[モーセ]に仰せられた。「あなたの手にあるそれは何か。」―出エジプト記4:2
機会を逃したときにひどく落ち込んだり、将来のことを心配したりする傾向があるなら、自分にこう質問してください。「自分のすぐ前には何があるのだろう。」つまり、今、どのような状況や人間関係が与えられているのかを考えるのです。この質問は、過去を後悔したり、未来を恐れたりすることから意識をそらし、あなたの人生にとって、神がおできになることは何かという点に立ち帰らせてくれます。