注意書き
電化製品から玩具に至るまで、今日ではさまざまなものに注意書きが付いています。医薬品の説明書にも、ありとあらゆる使用上の注意が小さな文字で書かれています。
ダメと言われたら
湖畔にあるマーティの別荘に初めて行ったとき、彼は「ダメと言われない限り、いつ、どこで、何をしてもいい。それがここのルールだよ」と言いました。マーティと妻のリンは友人を別荘に招待することが大好きで、客人が自由に楽しいときを過ごせるように配慮してくれます。私たちは、手漕ぎボートやヨット、モーターボートが並んでいるのを目にし、ワクワクしました。
ルツの選択
聖書の時代、夫を亡くした女性は貧しい暮らしを強いられました。ルツと姑のナオミも例外ではありません。しかし、神はご自分の大きなご計画にルツを組み入れながら、ふたりの生活を守るように計らわれました。
地図の真実
カーナビは目的地までの最適な経路を教えてくれる新しい機器ですが、私たち夫婦は、いまだに地図を用いて道を探しています。たいていは夫のジェイが運転するので、当然、地図を見るのは私の役目です。私は普段は方向音痴ではないのですが、動いている車の道案内は得意ではありません。
耳を澄ませる
◆ エゼキエル書8-11
すべての夫婦に当てはまるかどうか分りませんが、どういう訳か、私は考えごとをすると周りの音が聞こえなくなります。妻のマーティが大切な話をしているときでもそうなので、彼女はイライラします。遠くを見ているような私の目に気づくや、妻はしばしば言います。「あなた、私の話をちゃんと聞いているの?」
「聞く」ということは、どんな人間関係にも大切なことですが、神と人との関係にとってはなおさらそうです。神に属している人には、聖書のみことばや聖霊の働きを通して、神と対話する特権が与えられています。神の御声によって、義、愛、恵みなど、イエスの品性や神のみこころと整合性のあるものに導かれていくなら、私たちは真の牧者に注意を向けていると言えます。イエスがご自分を「良き牧者」と言われて明らかになさっているように(ヨハ10章)、イエスの御声に忠実に耳を傾けている人が、イエスの献身的な従者であり(4節)、キリストに似た者に変えられていく人です。
配偶者や友人の話にきちんと耳を傾けることが、「あなたは大切な人です」という無言のメッセージであるように、イエスの御声に注意深く耳を傾けることは、「私の人生にとって神はとても大切なお方だ」ということを証するのです。ですから、生活の雑音ではなく、イエスの御声に耳を澄ませましょう。そして、神がおっしゃることを実行する恵みが与えられるように、祈りましょう。
イエスの言われたことに耳を傾けることが、イエスに従う第一歩だ。
誰も見ていないときに
◆ ヨブ記25-27
パットの初めてのアルバイトは、スーパーの閉店後の品出しでした。彼らは、缶詰は客が見てすぐ分かるように、ラベルを正面に向けて棚に並べるように言われていました。しかし、その店の店長は「前から3つ目までが前を向いているように」と、さらなる注文をつけてきました。