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取消されたクリスマス

去年は、クリスマスがキャンセルされたようでした。私たちは、ミズーリ州の実家に帰るはずでしたが、降雪で乗り継ぎの飛行機が欠航になりました。ここ何年も、親族がそろってクリスマスを祝うことが慣例でしたから、ミネソタ州まで飛びながら、ミシガン州の家に逆戻りしなければいけなかったときは、本当にがっかりしました。

与える競争

クリスマスの時期に、面白いなと思ったテレビのコマーシャルがあります。お隣さん同士が仲良く競い合ってクリスマスムードを盛り上げるというものです。両家は相手を横目で見ながら、クリスマスツリーやイルミネーションなどを競い合ってどんどん豪華に飾り付けます。そして、どちらがより豪勢に近所のみんなに贈り物ができるかと競って、楽しそうに走り回るのです。

ストレッチ一回

サラは何年も腰痛に悩まされていて、ますますひどくなってきました。理学療法士に診てもらうと、毎日25種類のストレッチをするように言われました。それをすると少しはましになりましたが、完全に治ったわけではありません。そこでレントゲンを撮り、別の理学療法士のところに行くと、それまでのストレッチは止めて、一日一種類のストレッチを必要に応じてするように言われました。驚いたことに、その方法が最もよく効いたのです。

待てる神

クリスマスは待つ時と言えるでしょう。道路が混雑するので待ちます。買い物をしてレジに並んで待ちます。実家に戻ってくる親族の到着を待ちます。ご馳走がテーブルいっぱいに並ぶのを待ちます。心を込めて選んでもらったプレゼントを開けるのを待ちます。

いつですか

ことわざで「時」がつくとなると、「タイミングがすべてだ」という意味のものが多いようです。「定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わした」(ガラ4:4)という使徒パウロの言葉も、そういう意味ではないでしょうか。興味深いところです。

罪をやっつけた正義の味方

少し前ですが「あなたが罪を犯さないでいられた、一番長い期間とはどのぐらいですか。一週間、一日、それとも1時間ですか」と尋ねられました。なかなかきびしい質問です。正直な人なら、罪を犯さなかった日は一日もないと言うでしょう。しかし、この一週間を振り返って、神に「〇〇の罪を犯しました」と告白したことがあるかというと、それは無いかもしれません。そういう場合でも、この一週間、思いでも行いでも、まったく罪を犯さなかったと言うなら、それは自分を欺いていることになります。

愛の目

マーク・セーラムを紹介したテレビ番組を見た多くの人が、彼は人の心が読めると言います。ところがセーラム自身は、自分は霊能者ではない、ただ人をよく観察しているだけだと言います。ジェニファー・マルソンのインタビューには、こう答えました。「私たちはほとんど何も見えない世界に住んでいます…その理由は、私たちが周りに注意を払っていないから…私は人が放っているものに敏感なのです」(コロラドスプリング、ガゼット紙)。

造り変えられる

クリス・シンプソンは憎しみを糧に生きていました。第一子を亡くしたことで迷い、怒りに満たされていったからです。その怒りを他人種の人たちに向け、憎しみを表現する刺青を体中に彫っていました。

バリアフリーの愛

少し前、隣の家の方から悲壮な鳥の鳴き声が聞こえてきました。ひなたちのいる巣は通気口の中にあったのですが、入り口にネットが張られていました。親鳥はおなかを空かせたひなたちに、餌を届けられなかったのです。お隣さんにそのことを伝えると、彼らはネットを外して巣を安全な場所に移し、母鳥が子育てできるようにしてくれました。