Category  |  試練

なぜ私が?

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書15-17
◆ Ⅱテモテ2
聖書のみことば 詩篇131
 
隠されていることは、私たちの神、主のものである。―申命記29:29

先日、大好きな詩篇131篇を読んでいました。この詩篇は、神秘性とは神のご性質のひとつであり、それを知っておかなければならないと教えてくれました。ですから、私は自分の心を騒がせないようにしなければなりません。神が、宇宙の中で何をしようとされているのか、そのすべてを理解するのは不可能なのです。

泥沼状態

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書3-5
◆ Ⅰテモテ4
聖書のみことば エレミヤ書20:7-13
 
主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません。
―エレミヤ書20:9

エレミヤは、「嘆きの預言者」とも呼ばれています。もともと繊細で沈みがちな性質だったのかもしれませんが、神に逆らい続けるイスラエルの民にさばきが下ることを知って、嘆き悲しみました。エレミヤの嘆きは、驚くほど激しいものでした。彼は述べています。「ああ、私の頭が水であったなら、私の目が涙の泉であったなら、私は昼も夜も…泣こうものを」(エレ9:1)。

神の御手が支える

1年で聖書を!
◆ イザヤ書59-61
◆ Ⅱテサロニケ3
聖書のみことば 詩篇37:23-26
 
主がその手をささえておられるからだ。―詩篇37:24

試練は物の見方をがらりと変えてくれます。最近、友人と話していて、そのことに気づかされました。この友人は、私たち夫婦と同じように、十代の娘を突然亡くしました。

感謝

1年で聖書を!
◆ イザヤ書45-46
◆ Ⅰテサロニケ3
聖書のみことば ローマ16:1-16
 
この人たちは、自分のいのちの危険を冒して私のいのちを守ってくれたのです。この人たちには、私だけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。―ローマ16:4

私にとってデーブ・ランドレットは、「今日あるのは彼のおかげ」と言うことができる人です。デーブは2010年10月に天に召されましたが、私が大学時代にイエスを信じたとき、良き助言者であり、相談相手でした。彼は、私のために時間を割いてくれただけでなく、私が主に仕えることを通して学び、成長できるように、リスクを顧みずにチャンスをくれました。大学の賛美チームといっしょに各教会を回り、学生伝道者としてメッセージの奉仕をするというチャンスを作ってくれたのです。 そのおかげで私は整えられ、今も神のみことばを教える人生を歩んでいます。デーブは、私にとって神の選びの器でした。そして私は、彼に何度も感謝の気持ちを伝えることができました。このことを、とてもありがたいと思っています。

精根尽き果て

1年で聖書を!
◆ イザヤ書39-40
◆ コロサイ4
聖書のみことば イザヤ書40:25-31
 
疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。―イザヤ書40:29

私が10代の頃、父と一緒に狩猟や釣りに出かけました。それは幸せな思い出ですが、一度だけヒヤリとする体験をしました。そのとき、私たちは車で高い山に登り、人里離れた場所にテントを張ってキャンプをしました。 そして、長い山道を下って、渓流釣りに出かけました。炎天下の中、私たちは長時間、魚を釣っていました。そろそろテントに戻る時間になって山道を登り始めたとき、父の顔がどんどん青ざめていきました。そして、めまいと吐き気にも襲われ、身体に少しも力が入らなくなりました。

忘れられた神

1年で聖書を!
◆ イザヤ書37-38
◆ コロサイ3
聖書のみことば Ⅰコリント2:6-16
 
神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。
―Ⅰコリント2:11

私たちは、使徒信条を述べて「我は聖霊を信ず」と言います。作家であり牧師でもあるJ.B.フィリップス師は、「このように言うとき、私たちは聖霊が生きた神であり、人の心の内に喜んで入ってくださり、内側からその人を変えてくださることを信じている、と言っています」と語りました。

天国からの癒やし

1年で聖書を!
◆ イザヤ書17-19
◆ エペソ5:17-33
聖書のみことば Ⅱコリント1:1-10
 
慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。―Ⅱコリント1:3

トマス・ムーア(1779-1852)は、アイルランドの詩人であり、作詞家、そして歌手です。多くの人たちが彼の歌を聴き、また歌いました。彼の才能は、多くの人たちに喜びを与えました。しかし悲しいことに、彼の生活は、5人の子ども全員に次々と先立たれるという不幸に見舞われ、とても困難なものでした。ムーアの賛美歌は、「なやむものよ、とく立ちて、めぐみの座にきたれや。天のちからにいやしえぬ、かなしみは地にあらじ」(讃美歌399番)と語っていますが、彼の心の痛みを思うとき、この言葉は一層重みを帯びてきます。心に響くこの歌詞は、祈りの中で神にお会いするならば、私たちの痛んだ心も癒やされていくことを思い出させてくれます。

今は必要ない

1年で聖書を!
◆ イザヤ書5-6
◆ エペソ1
聖書のみことば ローマ11:33-12:2
 
心の一新によって自分を変えなさい。―ローマ12:2

作家志望の人にとって、次から次へと作品を送り返されるのは、かなり落ち込む体験です。出版社に原稿を送ると、「寄稿をありがとうございました。しかし現在のところ、この種の原稿は、当社の必要と合致しません」という内容の手紙が送られてきます。多くの場合、「現在のところ」ではなく、「未来永劫に」というのが現実なのです。それで彼らは、次から次へと別の出版社に原稿を送り続けるのです。
私は、この「現在のところ(そして、未来永劫に)…必要と合致しません」という表現は、信仰を育てる上で有益だと気づきました。心を一新して、神のみに焦点を合わせることに役立つのです。それは、こういうことです。

泣くこと

1年で聖書を!
◆ 伝道者の書7-9
◆ Ⅱコリント13
聖書のみことば 黙示録21:1-7
 
悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。―マタイ5:4

心が折れてしまったことはありませんか。ひどい仕打ちをされたり、裏切られたり、大失敗をしたり、または、大切な人を亡くしたり…きっと、ひとりで涙したことでしょう。