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馬小屋の におい

救い主が誕生された場所が馬小屋だとは、何ということでしょう。イエスが人間として最初に味わった体験は、動物小屋の臭さと騒音でした。飼葉おけに寝かされていたイエスも他の赤ちゃんと同じように、周りから聞こえる動物の鳴き声や知らない人の声に驚いて、泣いたかもしれません。もしそうなら、イエスが生涯に流された多くの涙は、ここから始まったのです。

まずは基本

孫のサラがまだ幼かったころ、大きくなったらお父さんのようなバスケットボールのコーチになりたいけれども、今はできないと言いました。なぜなら、コーチになるためにはまず選手になって、靴の紐を締めなければならないけれど、自分にはまだそれができないからだそうです。

「まずは基本が肝心だ」とよく言われますが、人生の基本は神を知り、神を喜ぶことです。神の存在を認め、神というお方を知るならば、「このような人に…」と意図して創られた人になることができます。ダビデ王が息子ソロモンに与えた勧告は、「わが子ソロモンよ。今あなたはあなたの父の神を知りなさい。全き心と喜ばしい心持ちをもって神に仕えなさい」です(I 歴 28:9)。神を知ることは可能だということを忘れないでください。神は、単なる神学的な概念や論理ではありません。人なるお方です。人と同じように、考え、意志、喜び、感覚、愛、願望を持っておられます。A. W. トーザーは、「神は人格を持ったお方であり、私たちが心を整えてその奥義を知ろうとすれば、それに従ってますます親しく知ることができる」と書いています。この言葉の重要な点は「心を整える」です。

神は、ご自分を知るために、人に大きな努力を強いたりなさいません。神を知りたい人はだれでも、神を知ることができます。神はご自身の愛を私たちに押し付けるお方ではなく、私たちが歩み寄るのを忍耐強く待っておられます。神はあなたに知ってもらいたいと思っておられます。神を知ることが人生の基本です。

忙しすぎる

1年で聖書を!
◆ イザヤ書41-42
◆ Ⅰテサロニケ1
聖書のみことば ルカ10:38-42
 
彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。―ルカ10:39

飛行機の搭乗を待っていたとき、私が牧師だと小耳に挟んだ人が、話しかけてきました。彼はキリストを信じる前の人生について語り、それは「罪と自己陶酔」の日々だったと言いました。しかし、彼はイエスと出会ったのです。そして、自分の生活がどれほど変わり、どれほどの奉仕をしてきたかも語ってくれました。それは興味深い話でした。しかし、彼の話は、神のために非常に多忙だったということで、神と非常に親しく交わってきた、というものではありませんでした。それで、「先生、正直なところ、なぜ、こんなにも心が満たされていないのだろうと思うのです」という質問には、少しも驚きませんでした。

神学はみんなのもの

1年で聖書を!
◆ 士師記1-3
◆ ルカ4:1-30
聖書のみことばエレミヤ書23:25-32

 
わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行う者であり、
―エレミヤ書9:24

神学は「専門家」だけのものだ、という人がいます。しかし、預言者エレミヤの時代の状況を見ると、なぜ、すべての人が神について知ることが大切なのかがわかります。