問題の核心
◆ 民数記20-22
◆ マルコ7:1-13
私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。―ローマ7:18
子どものころに好きだったテレビの漫画に「トム・テリフィック」というのがありました。トムは「考え帽」をかぶって、相棒で驚異の忠犬、マイティー・マンフレッドと一緒に、難題を解決します。いつも諸悪の元凶は、最大の敵、クラビー・アップルトンです。今でもこの悪玉がテレビの中で何と呼ばれていたのかを覚えています。「クラビー・アップルトン、骨の髄まで堕落している。」
希望を失うことはない
◆ 民数記15-16
◆ マルコ6:1-29
わたしはあなたがたを……労役から救い出す。伸ばした腕と大いなるさばきとによってあなたがたを贖う。―出エジプト記6:6
テネシー・アーニー・フォードが歌った「シックスティーン・トンズ」(マール・トラビス作詞)は、1950年代半ばのアメリカで大流行しました。この曲を聴いた当時の人たちは、状況に縛られていると感じている炭坑夫の嘆きに、自分を重ね合わせていたようです。炭坑夫は、働けど働けど状況を変えられません。彼らは、会社が所有する家に住み、賃金は、会社が経営する店でしか通用しないクーポンで支払われていました。この炭坑夫は、仮に天国に召されたとしても、自分のたましいは会社の店の所有物だから行くことはできない、と言うのです。
完全な平和と休息
◆ 民数記12-14
◆ マルコ5:21-43
あなたは私を多くの苦しみと悩みとに、会わせなさいましたが、私を再び生き返らせ、―詩篇71:20
今日の聖書のみことば、詩篇71篇の作者は、多くの苦しみと悩みに遭いましたが、神は自分を再び生き返らせてくださると心の奥底で信じていました(詩71:20)。「再び生き返らせる」の文字通りの意味は、「再度、命のある状態にする」です。詩篇の作者は「(あなたは)私を再び生き返らせ、地の深みから、再び私を引き上げてくださいます。あなたが私の偉大さを増し、ふり向いて私を慰めてくださいますように」(20-21節)と述べています。苦難の人生がずっと続いていたとしても、天国に着いたときにはもう終わっています。
より深い思いやり
◆ 民数記4-6
◆ マルコ4:1-20
女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。
―イザヤ書49:15
妻と初めて出会ったのは、大学生のときでした。当時、私は牧師になるための勉強をしていて、彼女は小学校の教師になる勉強をしていました。子どもたちと一緒にいる彼女を最初に見たとき、その光景がすごく似合っていると思いました。彼女は子どもが大好きでした。彼女の子ども好きは、結婚して自分たちに子どもができたとき、もっとはっきりしました。我が子に接する妻の様子を見ていると、無条件に愛することや無条件に受け入れることを教えられます。母親の赤ん坊に対する情愛と比べられるものは、この世にはひとつもないと思わされました。
解決
◆ 民数記1-3
◆ マルコ3
激しい反目となり、その結果、互いに別行動をとることになって、―使徒15:39
若いい夫婦が1884年5月、生まれたばかりの子どものミドルネームをめぐって対立していました。親戚などの名前の中から、母親はソロモン、父親はシッピーにしたいと主張しました。しかし、彼らはどちらにも決めることができず、結局“S.”にするということで妥協しました。こうして、ハリー・S・トルーマンという名前が決まりました。アメリカ合衆国大統領の中で、ただひとり、ミドルネームが頭文字の大統領です。この夫婦の対立は、120年以上たっても覚えられています。しかし、分別ある妥協が成立したことも忘れられていません。