クリスマスの物語で、ヨセフがどれほど重要だったのか、長い間気づかずにいました。しかし、結婚して夫となり、父親となってからは、ヨセフの品性に大いに感動するようになりました。彼は、どのようにしてマリヤが妊娠したのか知る前から、不貞を働いたかのように見える彼女を、さらし者にしたり、断罪したりしないと決心していました(マタ1:19)。
また、神の使いに命じられたとおりにするだけでなく(24節)、イエスが生まれるまで彼女を知ることがなかったと聖書に記されています(25節)。私は、彼の従順さと謙遜さに驚かされました。物語を読み進むと、ヨセフがイエスを守るために、自分の家を捨てて逃げることもいとわなかったことが分かります。
救い主であるイエスを養い育てる役割が自分たちに託されたと知ったとき、ヨセフとマリヤは、どれほど大きなプレッシャーを感じたことでしょう。日常生活の一瞬一瞬を、神の御子といっしょに過ごす…その複雑さや重圧感。イエスがそこにおられるということだけで、「聖(きよ)くありなさい」という絶え間ない神の声を聞いていたに違いありません。この使命を果たす器として神に信頼されたのですから、ヨセフという人は、男の中の男だったことでしょう。子育て中の親にとって、また、任された子どもたちがいる人にとって、ヨセフほど良い模範はないでしょう。
神のご計画がよく分からなかったとしても、ヨセフのように実のある行動ができますように。神がそのような強さを与えてくださいますように。
真の奉仕者となる鍵は、どんな場所に置かれても、 神に100パーセント忠実であることだ。