Month: 6月 2019

弔辞

ある女性の葬儀で感動しました。彼女は普通の人でした。しかし、イエスを愛し、7人の子どもと25人の孫をいつくしみました。よく笑い、積極的に人助けをし、ソフトボールが上手だったそうです。

虚栄を燃やす

それは1497年2月、イタリア、フィレンツェの広場でのことです。修道士ジロラモ・サヴォナローラが火をつけました。燃やしたのは、芸術作品や化粧品、楽器や洋服などで、人々を罪や宗教的義務の怠慢にいざなう虚栄の品として、弟子たちとともに人々から没収したものです。これが後に「虚栄の焼却」として知られる出来事です。

楽しんで戦う

息子のブライアンは、高校のバスケットボール部のコーチです。ワシントン州のトーナメントを勝ち進んだ年、町の人は良かれと思って「今年は優勝ね」などと声を掛けてくれました。ところが、選手もコーチも、それをプレッシャーに感じたのです。そこでブライアンは、楽しんで戦うことをモットーにしました。

主は喜ぶ

祖母が最近、昔のアルバムを送ってくれたので目を通していると、一枚の写真に目が留まりました。私は2歳で暖炉の横に座っています。父は母の肩に手を回し、ふたりは笑顔で私を見つめています。私はそれを毎日使う鏡台の上に飾りました。これは両親の愛を思い出させてくれますが、実は、良い両親の愛も完璧ではありません。私は、人間の愛は不完全でも、神の愛は完全であることを忘れないために、この写真を取っておくのです。

かくれんぼ

見つかると思うとドキドキしました。いとこがすぐそこまで来ています。あと3歩、2歩、そして「みいつけた!」と笑いました。かくれんぼは幼い頃の楽しい思い出という人は少なくないでしょう。しかし、人生には見つかって欲しくない、むしろ「逃げたい」と本能的に感じる時があります。見つかれば、嫌われるかもしれないからです。