トニー・ヴァッカロは撮影を務める通信兵には採用されませんでした。しかし、そんなことは構いません。彼は、森の中で雨のように降り注ぐ砲弾とりゅう散弾の恐怖の中で一般兵として戦いながら、その合間に撮影を続けました。夜、仲間の兵士たちが寝ている間、彼らのヘルメットを借用して写真を現像しました。深夜の森は暗室となり、ヴァッカロは第2次世界大戦の「ヒュルトゲンの森の戦い」の貴重な記録を残したのです。
ダビデ王の人生もまた、戦争と苦悩の連続でした。サムエル記第二22章は、「主がダビデを、すべての敵の手、特にサウルの手から救い出された」(1節)と語ります。ダビデはこれらを体験しながら、神のご真実を記録しました。「死の波は私を取り巻き、滅びの激流は私をおびえさせた」(5節)と。
彼はすぐさま絶望から希望にかじを切ります。「私は苦しみの中で主を呼び求め」、そのとき「主はその宮で私の声を聞かれ」(7節)たと語ります。「主は私の闇を照らされます。あなたによって、私は防塞を突き破り、私の神によって、城壁を飛び越えます」(29-30節)と、決して裏切られない神の助けを賛美します。
ダビデは己の苦難を活用し、神を全世界に知らせるチャンスにしました。私たちも彼に倣うことができます。闇を光に変えるお方に頼っているのは、結局のところ、私たちも同じなのですから。
絶体絶命だと感じた時を覚えていますか。その時の神のあわれみをどんなふうに人に話しますか。
神よ。折々にさまざまな形で、あなたは助け、守ってくださいました。その事実を意識させてください。特に、最もつらかった時のことを。