「つながればつながるほど孤独になる」という矛盾
2017年6月に更新されたFacebookの企業ミッションが「bring the world closer together(世界のつながりをより密にする)」であることからも分かるように、SNSは本来、人と人をつなげるツールで、それによって孤独は解消されるはずでした。しかし、ある調査は、SNSを使って他者とつながればつながるほど孤独になるという皮肉な結果を示しました。
19歳から32歳までに一連の質問をして、SNSの利用頻度・利用時間と孤独指数(PSI)の相関を調べた研究によると、SNS利用時間上位25%のグループは、下位25%よりも3倍以上も孤独指数が高かった。(『デジタル・ミニマリスト』カル・ニューポート著 早川書房 163頁)
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に描かれているような地域社会のつながり(地縁)も、家族・親戚との付き合い(血縁)も希薄になり、終身雇用を前提とする「疑似家族としての会社共同体」も幻想に過ぎなかったと明らかになった令和の時代、ほとんどすべての人が孤独と隣り合わせに生きるようになりました。そんな21世紀の人々の孤独を癒すと期待されたSNSですが、事はそんなに単純ではなかったようです。
孤独からの逃避としてのSNSが孤独を加速させるという矛盾
周囲を見回して、同じようにSNSを利用しているのに、人間関係が豊かになっていく人と、人間関係が破壊されてしまったり、メンタルヘルスを悪化させたりする人がいるのは不思議だと思いませんか。SNSは孤独を解消する夢の薬でしょうか。それともメンタルを破壊し孤独をさらに深める劇薬なのでしょうか。
すべての「道具」は中立です。刃物は名医が握れば救命に、犯罪者が握れば殺人に用いられます。では、SNSをどのように利用すると、人生を豊かにできるのでしょう。逆に、どのような利用法が、人生を蝕んでしまうのでしょう。
孤独には二種類の対処があります。孤独から逃げるか、孤独と向き合うか、です。孤独から逃げるためにSNSを利用すると孤独が加速する。私は、そういうことが起きているように思います。
孤独を味わう、という別の道
ナチス統治下のドイツでは、主要なキリスト教会の指導者までもが、「ドイツ的キリスト者」という概念を用い、ゲルマン民族の優位性を説くナチズムを「神学的に」擁護しました。この流れに抵抗した告白教会の中心人物のひとり、神学者のディートリヒ・ボンヘッファーは投獄され、39歳の若さで獄中死しました。生前の著書『共に生きる生活』で彼はこう言っています。
「ひとりでいることのできない者は、交わりに入ることを用心しなさい。交わりの中にいない者は、ひとりでいることを用心しなさい」
つまり、孤独からの逃避として社交に逃げることも、社交からの逃避として孤独に引きこもることも、両方とも人間の本来のあり方から離れていると指摘したのです。仲間の牧師の多くが付和雷同してヒトラーに心酔するなか、周囲に流されず、神の前に正しいと思う確信にとどまり、志を同じくする仲間と共に抵抗運動を続けたボンヘッファーの言葉には深みがあります。
悲しみの人イエス ―主の苦しみと共感が私たちにもたらすもの
「この苦しみは誰にも分かってもらえない……。」そう感じるときがあります。しかし聖書は、私たちの痛みに共感してくださる主がおられると語ります。まことの神であられるにもかかわらず、まことの人となられたイエスは、私たちの経験をご自分のものかのように分かってくださいます。私たちがこの世界で葛藤するとき、「悲しみの人」イエスは慰めを与えてくださるのです。本書を通し、人間として生きられた救い主の愛の深さを知ることができますように。そして、その愛があなたの人生をどのように変えるかを理解できますように。

単純な真理
サイクリングの積算走行距離を測ろうとサイクルコンピューターを買いましたが、設定が複雑そうでした。それで、店にそう言うと、店員がすぐにやってくれました。思っていたほど難しくなかったのです。

そこに神の愛がある
ベンは子どもの頃、「大きくなったら何になりたい?」と聞かれると「デイブみたいになりたい」と答えたそうです。兄のデイブは、スポーツ万能で、友だちが多く、成績も優秀でした。一方、ベンは、運動音痴で内向的、学習障害もあったそうです。「僕はデイブと仲良しになりたかったけど、彼は違っていた。僕のことを『つまんないやつ』だと言っていた」と語ります。

フェイクは禁止
ライドシェアを利用した時、においのきつい物を食べながら、スマホで恋人と口論しながら、詐欺まがいの投資を勧めながら、などというドライバーがいた、と言った人がいました。しかし、彼はその人たちに星5つの評価を付け、その理由をこう言いました。「みんな悪人には見えません。私の悪い評価で失業させるのは申し訳ないと思いました」。彼はうそのレビューをして、当該ドライバーや他の利用者たちに事実を伝えなかったのです。
