ある少年が、中でもがくチョウを助けようと、さなぎを開いてしまいました。チョウは、苦しみから解放されましたが、飛ぶことなく、地に落ちて死にました。少年は、生き抜く力を育む機会をチョウから奪ってしまったのです。

ジェスが、この寓話(ぐうわ)を初めて聞いたのは、円熟といわれる年齢になってからでした。それで、苦難と格闘することで強さが育まれるという寓話の教訓を、すぐに理解することができました。

これは寓話ですが、パウロが迫害下にあるローマのキリスト者に語った真理を支持しています。彼は次のように言いました。「苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを」(ロマ5:3-4)

パウロは、苦しみを喜べとも心の痛みを否定せよとも語っていません。そうではなく、神は、人生の苦難を、人格を育み、主にある希望を育てるために用いられると述べているのです。

私たちは、神の強さの中で、神を信頼する心を育みます。苦難を克服する圧倒的な神の力に対する信頼を、神が、私たちの内に育ててくださいます。あのチョウは、飛ぶ力を育てる機会を失いました。しかし、私たちは違います。主にあれば、己の苦闘は、救い主なる神によって、キリストに似た人格に引き上げていただく材料に用いられると信じられます。また、それを喜ぶこともできます。