娘が最近、体調を崩しました。「パパ、頭が痛い」「寒気がする」「足をさすって」。娘は、症状を軽くしてほしいのですが、それ以上に、私がそばにいることを求めていました。結局、私は娘を救急外来に連れて行きました。「ウイルスです」と言われました。闘うほかありません。

その日、私は何時間も娘の世話をしました。薬を飲ませ、足をさすり、回復を願って必死でした。しかし時折、自分本位が頭をもたげ、「これはきつい」と不満を言います。実際、苦しんでいる人に寄り添って、その人の痛みを近くで見るのはつらいものです。

ヨブの友人たちも、彼の苦しみを見ました。この三人はよく批判されます。確かに、彼らが後にヨブに言ったことは間違いで、その態度は不届きでした。しかし、忘れられがちですが、彼らは最初、「七日七晩、ヨブと共に地面に座っていた」のです。「その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった」(ヨブ2:13)のです。

この話は、誰かが傷ついているとき、掛ける言葉が見つからなくても、ただそばにいることが、最も大切だと気付かせてくれます。ヨブの友人たちは、何を言えばよいか分からなくても、ただ一緒にいる。その存在こそが、私たちが提供できる最高の贈り物だと教えてくれます。