夫は朝、お気に入りのゴスペルを流して共に歌います。それは、船の錨の役割を描きながら、人生の荒波における神の希望を伝えます。波はうねり、砕け散る、しかし、私たちは揺るがない。神が支えてくださるのだから、と。

錨はアーム(錨腕)を海底に沈めて、船が嵐でも流されないように固定します。ヘブライ人への手紙の著者が「わたしたちが持っているこの希望は、魂にとって頼りになる、安定した錨のようなもの」(ヘブ6:19)と述べているように、古来より、錨はキリスト信仰にとって希望の象徴でした。

私たちは人生に激震が走るときさえ、この錨、すなわち、キリストにある希望にしがみつきます。イエスの「変わらない」(17節)品性は、錨の効く信頼できる地盤です。神は約束し、誓われました。約束と誓いという「二つの不変の事柄」で保証されているので、「神が偽ることはありえません」(17-18節)。ですから、神の約束を信じるなら「力強く励まされる」(18節)のです。

揺らぐものを頼る人がいます。例えば、自分の夢、自分に都合の良い人間関係、「生きがい」という趣味など。しかし、裏切られることのないお方を頼りにした方が、よっぽど良いと思いませんか。大波が押し寄せても、私たちは流されません。私たちの魂は、神につながれています。