儀式ではなくキリスト
ゾゾブラという祭りが、ニューメキシコ州サンタフェにあります。人々の悩みや後悔を書いた紙、請求書や離婚書類などを詰めた巨大な人形を燃やし、人生のリセットを願います。この行事は人生の負債から解放されたいという人間の渇望を映しています。劇的、象徴的ですが、効力はありません。紙は燃え尽きても罪責感や敗北感は焼失しません。
神に耳を傾ける
テッド・トーク(TED Talk)は、著名人の短い講演の動画ですが、セレステ・ヘッドリーの「より良い会話のための10の方法」は、世界的大ヒットとなりました。彼女の主張はいささか逆説的で、聞くことが良い会話の秘訣だと言います。実は、私たちは人の話をあまり聞いていません。自分が次に言うことを考えています。ヘッドリーは、コンサルタントのスティーブン・コヴィーの言葉を引用しました。「大半の人は、理解するためでなく、応答するために聞いている」
神に受け入れられて
彼は、自分が差別されたにもかかわらず、病人を懐具合で差別することなく、全ての患者を診ました。医学部で優れた成績を収めましたが、肌の色を理由に、ロンドンのどの病院にも採用されなかったので、1913年、自宅で開業しました。貧しい人々を無料で診療することも度々でした。ハロルド・ムーディー医師は、差別されている人々を助けることに生涯をささげ、「英国のマーティン・ルーサー・キング」と呼ばれました。彼は、世の中の人に拒絶されても、それで人生が決まるわけではないと示したのです。
救いを祈る
映画『ハドソン川の奇跡』は、エンジン停止した旅客機をニューヨークのハドソン川に着水させた実話を描いています。乗客・乗員全員を脱出させ、最後に救助フェリーに乗ったサリー(愛称)機長は、船を降りると職員に言いました。「負傷者の数とけがの程度を知らせてください。それから、人数の確認を。乗客・乗員で155人です」。「あなたの具合は?」と問われると、「155人の人数確認が終わってから、お答えします」と返答しました。
神による賜物の転用
ティム・マラン氏は、巨大船を海底に沈める技術者です。その目的は、人工礁として再利用するためです。特に、ユナイテッド・ステーツ号のような巨大客船は、魅力的なダイビングスポットになるでしょう。また、海岸の浸食を抑制するので海岸線の保護にも役立ちます。船は、海上航行の役目が終わっても、海底で役立つのです。
忠実な行い
どんな人の場合でも、早すぎる死は悲惨です。ジョーの場合もそうでした。彼は、夫、父親、コーチ、ユースリーダーでしたが、最近は誤った選択を繰り返し、揚げ句の果てに、家族を遺して逝ってしまいました。それで悪い点がクローズアップされがちでしたが、彼の娘は、自分の父親は、皆と同様、欠点はあったけれども、こうやって主に仕えてきたと具体的に述べ、追悼しました。
友人の言葉
当時26歳の私は、バイブルスタディーで発せられる後ろ向きのコメントにがっかりしました。その人たちは、いろいろな問題を抱えていたのです。私は「クリスチャンなのに、前向きでないのはなぜ? 神の約束を知っているのに、明るくなれないの?」と質問しました。永遠の命と天国の約束は当然ですが、その他にも、神は御民を顧みられると、聖書は各所で語っています。牧師は何も言わず、にっこりして、次の話に移りました。私はなぜか、この時のことが長い間、忘れられませんでした。
温かい教会
子どもの頃、毎週日曜日は、朝も夕方も、喜んで、家族と一緒に教会に集いました。私たちの牧師は、子どもの私を歓迎し、私の文章力をほめ、応援してくれました。彼も日曜学校の先生たちも、御言葉を追い求めることを自ら模範になって教えてくれました。夕礼拝には、宣教師などが講演に招かれ、神の働きに参加したいという私の思いをかき立ててくれました。その教会は「コールドウォーター通りにある温かい教会」という牧師が掲げたスローガンがピッタリでした。私たちは完璧でなくとも、神の家族でした。大人になって「ここ!」という教会が見つからない時もありましたが、とにかく教会に通いました。そうやって、信仰を育んできました。
神の子どもたち
好きな本の一つが、だまし絵の本です。例えば、2本の同じ長さの線が異なる長さに見える絵や、四つの階段がつながっているように見える「不可能階段」などの巧妙さにいつも驚かされます。一方、自分たちは必ずしもありのままを見ているわけではないと分かって、少々複雑な気持ちにもなります。