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Poh Fang Chia

Poh Fang Chia

ポー・ファン・チア氏は、15 歳でイエスを救い主として受け入れました。同時に、心に触れる本を書きたいという思いを神に伝えました。チア氏は2014年から「デイリーブレッド」の著者として加わり、コピーエディターとしてシンガポール事務所で神に仕えています。

寄稿一覧 Poh Fang Chia

時をいつくしむ

蘇軾(そしょく・蘇東坡とも呼ばれる)は中国の偉大な詩人で随筆家です。流刑の地で満月を見上げ、弟を慕う気持ちを詩にしました。「人には喜びと悲しみ、出会いと別れがあり、月にも満ち欠けがある。古来より、何もかもが完全だったことはない。ならばせめて、愛する人が長生きしてくれて、千里の彼方にいたとしても、この美しい月をともに眺めていたいものだ」と。

手を差し伸べる勇気

アルディはまだ十代でしたが、インドネシアのスラウェシ島から125キロメートル離れた水上の釣り小屋で、ひとりで働いていました。ある日、強風で錨の係留がはずれ、小屋ごと大海に流され、49日間、海上を漂流しました。船舶を見つけるたびにライトを照らして呼びかけましたが、反応はありませんでした。彼が衰弱した状態で救出されるまでに約10隻もの船が通過していたのです。

疑念と信仰

ミン・テクはひどい頭痛で目覚め、また偏頭痛かと思い、起き上がろうとして、気絶しました。気がつくと病院で、脳梗塞だと告げられました。4ヶ月のリハビリの後、思考や言語の機能は回復しましたが、未だ真っ直ぐに歩けず、時々、絶望感に襲われます。しかし、ヨブ記に慰められていると語ります。

神に飢え渇く

その人はイエスを新たに信じ、すごく聖書を読みたかったのですが、爆発事故で視力と両手を失っていました。唇で点字を読めると聞いて試してみると、唇の神経も損なわれていることが分かりました。その後、舌で点字を感じられると分かり、聖書を大喜びで読みました。

干し草山の祈り

ウイリアムズ大学の学生サミュエル・ジョン・ミルズと4人の友人は、神が宣教師を増やされるように、よく祈っていました。1806年のある日、祈り会の帰り道で嵐に会い、干し草の中で雨宿りをしました。彼らの毎週の祈り会は「干し草山の祈り会」として知られるようになり、世界宣教運動に発展しました。ウイリアムズ大学にある記念碑は、神が人々の祈りを通して大きな御業を成されることを伝えます。

見えない現実

雑誌「ディスカバー」の編集者スティーブン・カスは、日常生活の中にある目に見えない物を探求しようと決めました。ニューヨークの事務所に向って歩きながら「もし電波が見えるなら、電波塔でもあるエンパイア・ステート・ビルの屋上は万華鏡のように輝き、街全体を照らしている」と思ったのです。彼は、自分がラジオやテレビ、Wi-Fiなどの目に見えない電波に囲まれていることを自覚しました。

大きな影響を与える

いつもと変わらない朝が、あんな恐ろしい日になるとは。エスター (仮名)ら数百名の女生徒たちは、全寮制の学校から過激な宗教武装組織に誘拐されました。一ヶ月後、解放された生徒の中にエスター だけがいませんでした。キリストを否定しなかったからです。キリスト信仰のために迫害される人々について読んだ私たちの心は強く揺さぶられ、何かしたいと思いました。でも一体、何ができるでしょう。

変化は可能

教会の青年たちが、聖書の難しい課題について話し合っていました。それは「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだっ て、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい」(ピリ2:3-4)という教えについてです。どのくらい他人のことを考えるか。あなたはへりくだった人、それとも高慢な人だと言われるか。その理由は何か、 等です。

思い切れない

ラジオ番組の司会者が、いつまでも思い切れないことは何ですか、と質問すると、リスナーが電話をかけてきて、亡き妻との思い出など、家族のことを話しました。また、音楽家や母親になるなど、捨てきれない夢を語る人もありました。誰にでも心にそっとしまっている大切なものがあります。