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Poh Fang Chia

Poh Fang Chia

ポー・ファン・チア氏は、15 歳でイエスを救い主として受け入れました。同時に、心に触れる本を書きたいという思いを神に伝えました。チア氏は2014年から「デイリーブレッド」の著者として加わり、コピーエディターとしてシンガポール事務所で神に仕えています。

寄稿一覧 Poh Fang Chia

迎合する

リーはよく働くまじめな銀行員ですが、信仰に生きようとすると「空気を読めない人」になってしまうことがあります。例えば、休憩中に「不適切」な会話に加わらないということなどです。彼は教会の先輩に「みんなに合わせていないと昇進が遅れるかもしれないと不安です」と話しました。

感謝日記

信仰を持ったばかりの頃、感謝日記をつけるように勧められました。そこで、小さなノートをいつも持ち歩き、感謝なことがあるとその場で書き留めたり、週末に振り返って書き込んだりしました。これはとても良い習慣なので、久しぶりに再開しようと思っています。そうすれば、神のご臨在を意識しやすく、神が与えてくださったり、守ってくださったりしたことをきちんと感謝できます。

団地のクリスマス

近所の団地にはおよそ230世帯が住み、それぞれの生活を営んでいます。10階に住む高齢の女性は、子どもたちが独立して以来、一人暮らしです。その少し先には若い夫婦とふたりの子ども(男の子と女の子)が住んでいます。少し下の階には、若い軍人が住んでいます。以前、教会に来たことがあり、クリスマス礼拝の日にまた来るかもしれません。私は昨年のクリスマスに教会の仲間たちとクリスマスキャロルを歌いながらこの団地を回って、彼らと知り合いました。

クリスマスのキリスト(救い主)

恵みの賜物: 一対一の関係

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。—ヨハネ3:16

シンガポールのクリスマスは、雪の代わりに雨がよく降ります。私の家族はクリスチャンではないので、クリスマスを祝いませんでした。しかしある年、まだ子供だった私と兄弟は近所の子供たちとクリスマスプレゼントを交換することにしました。きっとテレビの番組か何かを見て思いついたのでしょう。それぞれの名前を書いた紙切れの入った袋からひとつ取り出して、当たった名前の人に贈り物を用意しました。もらったプレゼントを喜ぶ子もいれば、不満そうな子もいました。でも、プレゼントをもらったこと自体にみんな満足でした。

その頃、私たちは二千年前に完璧な贈り物を創造主なる神から頂いたことを知りませんでした。聖書には、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(ヨハ3:16)と書いてあります。私は十代の頃、この贈り物について知り、イエスを救い主として受け入れました。

クリスチャンになって初めてのクリスマスは特別で、今でもよく覚えています。神の完全なる贈り物であるイエス・キリストの降誕を祝うという、クリスマスの真の意味がようやくわかったのですから。神とは、掴み所のない超自然の力ではありません。神は、国も身分も貧富の差も分け隔てなく、私たちをひとりの人間として愛してくださるお方です。主はご自分の命を投げ打って私たち一人一人への愛を現してくださいました。

クリスマスの季節も、いつでも、絶え間なく、私たちがクリスマスの救い主を見つめて歩んでいけますように。 POH FANG CHIA

神はベツレヘムで、愛することは与えることである、と示してくださった。


聖書のみことば:ヨハネ3:16–21

16神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。17神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。18御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。19そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。20悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。21しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

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クリスマスのキリスト(救い主)

聖書のみことば:ヨハネ3:16–21

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。—ヨハネ3:16

シンガポールのクリスマスは、雪の代わりに雨がよく降ります。私の家族はクリスチャンではないので、クリスマスを祝いませんでした。しかしある年、まだ子供だった私と兄弟は近所の子供たちとクリスマスプレゼントを交換することにしました。きっとテレビの番組か何かを見て思いついたのでしょう。それぞれの名前を書いた紙切れの入った袋からひとつ取り出して、当たった名前の人に贈り物を用意しました。もらったプレゼントを喜ぶ子もいれば、不満そうな子もいました。でも、プレゼントをもらったこと自体にみんな満足でした。

その頃、私たちは二千年前に完璧な贈り物を創造主なる神から頂いたことを知りませんでした。聖書には、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(ヨハ3:16)と書いてあります。私は十代の頃、この贈り物について知り、イエスを救い主として受け入れました。

クリスチャンになって初めてのクリスマスは特別で、今でもよく覚えています。神の完全なる贈り物であるイエス・キリストの降誕を祝うという、クリスマスの真の意味がようやくわかったのですから。神とは、掴み所のない超自然の力ではありません。神は、国も身分も貧富の差も分け隔てなく、私たちをひとりの人間として愛してくださるお方です。主はご自分の命を投げ打って私たち一人一人への愛を現してくださいました。

クリスマスの季節も、いつでも、絶え間なく、私たちがクリスマスの救い主を見つめて歩んでいけますように。

神はベツレヘムで、愛することは与えることである、と示してくださった。

話す前に考える

家族で日本旅行を楽しんだチェンは、有名なレストランで最高の食事をして帰国の途につこうと計画していました。ところが、妻が行き方を調べておかなかったので時間が無くなり、ご馳走を食べそこねてしまいました。彼は妻に文句を言いましたが、しばらくすると言い過ぎたと後悔しました。自分で行き方を調べることもできたはずです。妻が旅行を計画してくれたおかげで素晴らしい一週間が過ごせたのに、感謝の言葉をかけていなかったことにも気づきました。

双翼の太陽

土でできた古代の印章が、エルサレム旧市街南部の城壁の下から出土しましたが、初期の調査で貴重なものとは分からず、エルサレムの考古学研究所の戸棚に保管されていました。しかし5年たって、約3千年前のこの印章の文字を研究者たちがよく調べると重大な発見に至りました。古代ヘブル語で「ユダの王アハズ(の子)ヒゼキヤのもの」と刻まれていたのです。印章の真ん中には双翼の太陽が描かれ、そのまわりには生命を象徴するふたつの形が刻まれていました。

シモンの答え

レフュジ・ラビンドラナスはスリランカで10年以上、中高生伝道をしています。彼らの話に耳を傾けたり、相談に乗ったり、ただ楽しく過ごしたりします。彼は中高生たちが大好きで、夜遅くまで奉仕することもあります。しかし、将来有望な生徒が信仰から離れていくと挫折感にかられ、自分はルカの福音書のシモン・ペテロみたいだと思うこともあると言います。

レースを完走しよう

リオ五輪でふたりの選手が世界中を感動させました。陸上女子5千メートルでニュージーランドのニッキー・ハンブリン選手とアメリカのアビー・ダゴスティーノ選手は、およそ3200メートル地点で接触し転倒しました。アビーは先に立ち上がりましたが走り去らずにニッキーを起こしました。しかし転倒で右足を痛めたので、走り出すとよろめきました。すると今度はニッキーが立ち止まり、アビーを励ましました。そして、よろめきながらゴールした彼女をしっかりと抱き止めたのです。何と麗しい姿でしょう。