作者

すべて見る
Poh Fang Chia

Poh Fang Chia

ポー・ファン・チア氏は、15 歳でイエスを救い主として受け入れました。同時に、心に触れる本を書きたいという思いを神に伝えました。チア氏は2014年から「デイリーブレッド」の著者として加わり、コピーエディターとしてシンガポール事務所で神に仕えています。

寄稿一覧 Poh Fang Chia

完璧な世界

ケイティは学校の宿題で「完璧な世界」という作文を書くことになり、「私の完璧な世界では、アイスクリームが無料。そこら中にペロペロキャンディがあり、空はいつも青空で、面白い形の雲が少しあるだけ」と書きました。しかし、そこからは真面目な話になりました。ケイティの完璧な世界では「家に帰って来て悪い知らせを聞く人は無く、悪い知らせを伝えなければならない人もいない」のです。

寝付けない夜

最近、よく眠れません。何度も寝返りを打ち、何とかしようとしますが上手くいきません。次第に、次の日の仕事に影響すると不安になってきます。あなたにも似た経験がありませんか。人間関係や将来の不安など、人は時に、思い悩む生き物です。

やもめの信仰

アピの一日は夜明け前から始まります。中国のホンジャン村に住む人たちにとって、ゴムの樹液は主な収入源のひとつです。多くの樹液を採取するためには、日が昇る前にゴムの木に傷をつけなくてはなりません。村の人たちも、まもなく起き出すでしょう。アピは誰より早く起き、神と交わってから出かけます。彼女は、父と夫、ひとり息子に先立たれ、義理の娘とともに、年老いた母とふたりの幼い孫を養っています。彼女の話は、聖書に登場する、あるやもめを思い出させます。

老人の知恵

シンガポールの新聞が2010年、8人のお年寄りに人生の教訓について尋ねた結果を含む特集記事を掲載しました。その冒頭に「老化は心身に支障を来すが、一方で豊かにされていくものもある。情緒や社会的知識、すなわち科学者が老人の知恵と定義し、出した能力だ」と書かれています。確かに、年配の賢い人は人生について多くのことを教えてくれます。しかし聖書には、それに気づけなかった王が登場します。

信じ切ること

大学卒業後、低賃金の仕事に就き、次の食事のお金がないことさえありました。そのとき「日々の糧」について、神を信頼することを学びました。

迎合する

リーはよく働くまじめな銀行員ですが、信仰に生きようとすると「空気を読めない人」になってしまうことがあります。例えば、休憩中に「不適切」な会話に加わらないということなどです。彼は教会の先輩に「みんなに合わせていないと昇進が遅れるかもしれないと不安です」と話しました。

感謝日記

信仰を持ったばかりの頃、感謝日記をつけるように勧められました。そこで、小さなノートをいつも持ち歩き、感謝なことがあるとその場で書き留めたり、週末に振り返って書き込んだりしました。これはとても良い習慣なので、久しぶりに再開しようと思っています。そうすれば、神のご臨在を意識しやすく、神が与えてくださったり、守ってくださったりしたことをきちんと感謝できます。

団地のクリスマス

近所の団地にはおよそ230世帯が住み、それぞれの生活を営んでいます。10階に住む高齢の女性は、子どもたちが独立して以来、一人暮らしです。その少し先には若い夫婦とふたりの子ども(男の子と女の子)が住んでいます。少し下の階には、若い軍人が住んでいます。以前、教会に来たことがあり、クリスマス礼拝の日にまた来るかもしれません。私は昨年のクリスマスに教会の仲間たちとクリスマスキャロルを歌いながらこの団地を回って、彼らと知り合いました。

クリスマスのキリスト(救い主)

恵みの賜物: 一対一の関係

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。—ヨハネ3:16

シンガポールのクリスマスは、雪の代わりに雨がよく降ります。私の家族はクリスチャンではないので、クリスマスを祝いませんでした。しかしある年、まだ子供だった私と兄弟は近所の子供たちとクリスマスプレゼントを交換することにしました。きっとテレビの番組か何かを見て思いついたのでしょう。それぞれの名前を書いた紙切れの入った袋からひとつ取り出して、当たった名前の人に贈り物を用意しました。もらったプレゼントを喜ぶ子もいれば、不満そうな子もいました。でも、プレゼントをもらったこと自体にみんな満足でした。

その頃、私たちは二千年前に完璧な贈り物を創造主なる神から頂いたことを知りませんでした。聖書には、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(ヨハ3:16)と書いてあります。私は十代の頃、この贈り物について知り、イエスを救い主として受け入れました。

クリスチャンになって初めてのクリスマスは特別で、今でもよく覚えています。神の完全なる贈り物であるイエス・キリストの降誕を祝うという、クリスマスの真の意味がようやくわかったのですから。神とは、掴み所のない超自然の力ではありません。神は、国も身分も貧富の差も分け隔てなく、私たちをひとりの人間として愛してくださるお方です。主はご自分の命を投げ打って私たち一人一人への愛を現してくださいました。

クリスマスの季節も、いつでも、絶え間なく、私たちがクリスマスの救い主を見つめて歩んでいけますように。 POH FANG CHIA

神はベツレヘムで、愛することは与えることである、と示してくださった。


聖書のみことば:ヨハネ3:16–21

16神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。17神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。18御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。19そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。20悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。21しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る。その行ないが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

「恵みの賜物」のトップページに戻って関連するコンテンツを読む。