寄稿者

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Winn Collier

Winn Collier

ウィン・コリエ氏は、ミシガン州ホランドに家族と住んでいます。 25年間牧師として神に仕えています。ウェスタン神学大学院の教師、ユージン・ピーターソン・クリスチャン・イマジネーション・センターのディレクターも務めています。友人との時間を大切にし、フェアトレードのコーヒー、良質な映画と本、山、問答、森林散策などが好きです。体裁を気にすること、恐れ、不正などは嫌いだと言います。お気に入りのカフェが近所にないことも嫌なことに挙げられると言います。雑誌の寄稿者でもあり、5つの著書(Restless Faith, Let God: The Transforming Wisdom of François Fénelon, Holy Curiosity, the epistolary novel Love Big, Be Well, and A Burning in My Bones: The Authorized Biography of Eugene Peterson.)があります。

寄稿一覧 Winn Collier

私の兄イエス

突進してきた猛犬の前にちゅうちょなく飛び出し、妹の盾になったブリジャー・ウォーカーはわずか6歳でした。顔を90針も縫う大けがをしましたが、「もし誰かが死なねばならないのなら、それは僕だと思った」と語りました。感謝なことに、形成外科医の尽力で彼の顔は再建されました。そして、最近の兄妹の写真も、ブリジャーの妹思いを証します。

強者と弱者

ステッドファミリー小児病院の最上階の部屋は、床から天井までガラス張りで、隣にあるキニックスタジアムが一望できます。アイオワ大学アメフトチームが試合をするときには、心温まる行事があります。第1クオーターが終わると、その部屋から見学している入院中の子どもやその家族に向かって、コーチ、選手、観客が手を振るのです。その瞬間、子どもたちの目が輝きます。多くの人が自分たちのことを気にかけていると知って、彼らは元気をもらうのです。

祈りと変革

旧東ドイツのライプツィヒのニコライ教会で1982年、月曜日の祈り会が始まりました。クリスチャン・フューラー牧師と一握りの人たちは、何年も、冷戦下の世界と抑圧的な東ドイツの体制の中で、平和のために祈りました。共産党は教会を監視していましたが、参加者が教会の門の外にあふれるまでは気にしませんでした。1989年10月9日、7万人が平和的な抗議デモに参加し、6千人の警察官が不測の事態に備えて待機しました。混乱は起こりませんでしたが、この日が分岐点だったと歴史家は語ります。ベルリンの壁が崩壊したのは1カ月後のことでした。世界の大きな変化が祈り会から始まったのです。

神の記憶は完璧

ビットコインで400億円以上に相当する資産を持つ人がパスワードを忘れてしまい、口座にアクセスできなくなりました。そのシステムでは、パスワードを10回間違うと口座が凍結され、財産は永久に戻ってきません。彼は10年間、必死に思い出そうとしましたが、8度の試みは失敗に終わり、2021年時点で、2回のチャンスが残されただけでした。

聖霊だけができること

聖霊に関する本を書いたドイツの神学者で94歳のモルトマンにインタビューした人が尋ねました。「どうやって聖霊を活性化しますか。薬を飲むのですか。製薬会社がくれるのですか」。モルトマンはニヤリとして、訛りのある英語で答えました。「私は何もしません。聖霊が来るのを待ちます。すると、御霊が来られます」

自分らしさとは?

ジョシュア・エイブラハム・ノートンは、1859年、自分は米国の皇帝だと宣言しました。高貴な身分を求めてサンフランシスコの夕刊紙に「ノートン皇帝」の布告を掲載すると、大半の人が笑いました。一方、彼は社会問題に取り組み、独自の通貨を発行し、英国のビクトリア女王に求婚し、両国を併合しようと手紙を送りました。皇帝風にあつらえた軍服を着ていて、どこから見ても国王に見えたそうですが、もちろん違います。誰も自分の身分を仕立てることはできないからです。

イエスにとどまる

ジュノという保護猫をもらいました。大人の黒猫です。正直なところ、私はネズミを退治したかっただけでしたが、家族はペットが欲しかったのです。保護施設の担当者は、最初の週は必ず同じ時間に餌をあげるように指導しました。ここが自分の家であり、必ず餌をもらえる安全な場所だと学ばせるためです。そうすれば、仮に徘徊(はいかい)しても、必ず帰って来るからです。

神はあなたを知っている

最近、ミケランジェロの彫刻『モーセ』の大写しの写真を見ました。すると、モーセの右腕に小さく盛り上がった筋肉が見えます。この筋肉は小指伸筋で、小指を上げるときだけに収縮します。巨匠ミケランジェロは写実性で知られています。人間の体に細心の注意を払い、誰もが見逃してしまうような細かい部分を含めて彫刻します。

涙の中の祝福

英国在住の若い男性から米国の私にメールが来ました。彼の63歳の父親が病院で生死の淵をさまよっていると言います。私は、この2人と面識はないのですが、父親の方とは仕事の関係で頻繁なやり取りがありました。息子は、父に励ましと祈りのビデオメッセージを送ってもらいたいと依頼してきました。私は感動して、短いあいさつと癒やされるように祈る動画を作りました。父親はその動画を見て、心から喜んだそうです。しかし、残念なことに、数日後、彼の訃報が届きました。妻の手を握ったまま、息を引き取ったそうです。