Category  |  信仰

乳児食

1年で聖書を!
◆ エゼキエル書1-2
◆ ヘブル11:1-19
聖書のみことば ヘブル5:12-6:2
 
堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。―ヘブル5:14

赤ちゃんの離乳食を食べてみたことがありますか。歯ごたえが全然なくて、今ひとつです。けれども、赤ちゃんは歯がないのですから、仕方ありません。肉汁がじわっと口に広がる、美味しいステーキを食べることはできないのです。

私は主にあって私

1年で聖書を!
◆ 哀歌1-2
◆ ヘブル10:1-18
聖書のみことば Ⅰペテロ3:8-17
 
たとい義のために苦しむことがあるにしても、それは幸いなことです。
―Ⅰペテロ3:14

地元の病院で診察を待っていたとき、十字架のキリスト像が壁にかかっていることに気づきました。しばらくして看護師が問診にやって来ましたが、質問の中には「病院のチャプレンに相談したい霊的な問題がありますか」という問いもありました。私は、「尋ねてくださってありがとう」と答えました。これは今の世の中では珍しい質問です。彼女は微笑みながら、自分たちの病院は信仰を基盤にしており「霊性のケアは使命のひとつです」と語りました。この人たちは社会がますます多元的で世俗的になる中、恐れることなく自らの信仰を公言しています。私は、そのことに感銘を受けました。

祝福への道

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書51-52
◆ ヘブル9
聖書のみことば 出エジプト記15:22-27
 
モーセは主に叫んだ。すると、主は彼に一本の木を示されたので、―出エジプト記15:25

スティーブとロビンの夫婦は、貧困家庭のカウンセリングをするミッションで働いていて、その給料は微々たるものです。ところが最近、実家が大変な状況になって、往復8千キロの道のりを、ポンコツ車で出かけることになりました。

本当の安心

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書50
◆ ヘブル8
聖書のみことば ローマ8:31-39
 
私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。―ローマ8:37

世界の二大勢力が対立し「冷戦」と呼ばれる状況が続いていた20世紀後半のある時期、アメリカ合衆国の国民は核戦争の脅威と隣り合わせに生きていました。1962年、ソ連の核ミサイルがキューバに配備されてキューバ危機が勃発したとき、私たちは滅亡の淵にいるように感じました。それは、当時小学6年生だった私にとって、恐ろしい状況でした。

待つ……

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書46-47
◆ ヘブル6
聖書のみことば ルカ2:22-38
 
幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。―イザヤ書30:18

秋はミシガン州の狩猟シーズンです。この数週間、免許のあるハンターたちは森に入って、様々な種類の野生動物を狩ることができます。ある人たちは、丈夫な木製のタワーを苦心して作り上げ、そこに何時間も陣取って、シカがライフルの射程圏内に入って来るのをじっと待ちます。

すばらしい土地柄

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書43-45
◆ ヘブル5
聖書のみことば ローマ14:13-19
 
なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。―ローマ14:17

どこに住むかによって、どんな風に暮らすかが決まるということがあります。例えば、うちの近隣はごみ収集車が火曜日の朝に来るので、ごみは当日9時までに家の前に出さなければなりません。それ以外の時にごみを出すと、近所から苦情が出ます。また、子どもが多い地区なので、徐行を促す道路標識があちこちにあります。それで私たちは、子どもがボールなどを追いかけて道路に飛び出してくるかもしれないと、注意してゆっくり運転しなくてはなりません。

一直線に耕す

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書40-42
◆ ヘブル4
聖書のみことば ピリピ3:8-17
 
キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。―ピリピ3:14

トラクター初体験の朝です。さわやかな風が畑を吹きぬけ、コオロギが鳴いています。そんな田舎の静寂を、エンジンのごう音が破りました。私は、すきを地面に入れながら畑を耕し、どんどん進んで行きました。計器類に目を配り、ギアをシフトさせ、冷たい鉄製のハンドルをギュッと握って、トラクターのすごい威力に感動していました。しばらくして成果を見ようと振り返ると、目に入ってきたのは思い描いていたまっすぐなラインではなく、蛇行の曲線です。これではがっかりです。

広大な滝

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書37-39
◆ ヘブル3
聖書のみことば 黙示録1:9-17
 
その足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであり、その声は大水の音のようであった。―黙示録1:15

ブラジルに行ったとき、世界三大瀑布(ばくふ)のひとつ、イグアスの大瀑布の見学に行きました。それは息を飲むほどの絶景でしたが、一番心に残ったのは、滝の景観でもものすごい水しぶきでもありません。それは音です。その大音響は「耳をつんざく」という表現を超えていました。まるで自分が音の中にすっぽり入ったかのようで、自分がいかに小さな存在か、それを思い知らされる圧倒的な体験でした。

羊が水の中を歩む

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書32-33
◆ ヘブル1
聖書のみことば Ⅱテモテ3:13-17
 
聖書はすべて……有益です。―Ⅱテモテ3:16

作家C.S.ルイスは、宗教的な概念はスープのようだと言いました。とろみのついたポタージュもあれば、さらさらしたコンソメスープもあります。聖書の中には、確かに濃厚な概念があります。知的に理解することが難しい、複雑で神秘性と機微に富んだ概念です。例えば、「神は、人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままにかたくなにされるのです」(ロマ9:18)というみことばを理解するのは簡単ではありません。しかし、聖書の中には、さらっと分かる考えもあります。「神は愛です」というヨハネの手紙第一4章16節のみことばは、これ以上ないというほど単純明快です。