生き方の大切さ
◆ 詩篇77-78
◆ ローマ10
神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。…その信仰にならいなさい。―ヘブル13:7
アイザック・ハン牧師は18世紀中頃、英国のラフウッドの小さな教会に奉仕していた無名の牧師です。引退したときの教会員は、女性26名と男性7名(礼拝出席は4名)でした。
マスメディアや巨大教会が幅をきかせる今日、アイザック・ハンのことを牧師として成功した人だと誰が言うでしょう。むしろ、牧会者としては、もうひとつだったと考えられるのではないでしょうか。このような人は、牧師の研修会や会議の講師として招かれることはないでしょう。また、教会成長に関する論文を発表することもないでしょう。
エリンが教えてくれたこと
◆ 詩篇40-42
◆ 使徒27:1-26
主は情け深く、あわれみ深く、 ―詩篇145:8
エリンの生活は普通の子どもとはかなり違っていました。他の子どもたちは、走り回って遊んだり、アイスクリームを食べたりしているのに、エリンはベッドに横たわり、食事は栄養チューブからです。強い光しか見えず、大きな音しか聞こえません。生活の大部分は病院通い、看護師、注射に占領され、数々の慢性疾患や重い障害と闘っていました。エリンは、思いやり深く世話をしてくれる愛に満ちた家族に囲まれていましたが、9歳の誕生日を迎える前に亡くなりました。彼女はお絵かきをしたり、歌をうたったり、おしゃべりをすることもありませんでした。
さばいてはいけません
◆ 詩篇16-17
◆ 使徒20:1-16
さばいてはいけません。さばかれないためです。―マタイ7:1
イエスの「さばいてはいけません」(マタ7:1)という命令は、分別を働かせたり、間違いを認識したりするのは良くないという意味ではありません。私たちは、間違いや不正行為がたびたび起こる世界に暮らしているので、ものごとは当然、批判や分析を交えて考えていかなければなりません。イエスが言われたのは、決めつけたり、切って捨てたりすべきでないということなのです。パウロはこの教えを「あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます」(Ⅰコリ4:5)と、説得力ある言葉で言い表しています。