移動図書館
ゲーム機などができる前、私の少年時代のことです。長い夏休みには、毎週やってくる移動図書館が楽しみでしかたありませんでした。地域の図書館になかなか行けない人たちのために、本棚にぎっしり本を詰め込んでやってくるバスです。この移動図書館のおかげで、たくさんの本を読んで夏を楽しく過ごせました。今でも、この移動図書館が私を読書好きにしてくれたと感謝しています。
及ばない
米国で1970年代に流行したものの中に、バイクジャンプがあります。しかし、1974年9月8日に流行のピークを迎えたと言えるでしょう。その日、アイダホ州のスネーク・リバー・キャニオンには多くの観客が集まっていました。イーブル・ニーブル氏の乗る蒸気を使った特注マシン「スカイサイクル」が谷を飛び越えられるか見物しにきたのです。結局、この試みは失敗に終わりました。
指示を与える
◆ エゼキエル書22-24
少し前のことですが、家内の車を牽引してもらうことになりました。業者に電話をして、我が家への道を説明し、カーナビは使わないようにと運転手に伝言して欲しいと言いました。なぜなら、同じ名前の道路が畑を隔てて存在するので、カーナビ頼りでは道に迷ってしまうからです。電話の相手は運転手に必ず伝えますと言いました。
ところが、家の前に立ってレッカー車の到着を待っていると、運転手から電話があり、カーナビを見ながら来たが道に迷ってしまったと言いました。「やはり」と思いながら道案内をしたところ、ようやくレッカー車が到着しました。
クリスチャンは、天国への行き方に関する正確な情報、つまり、「イエスと個人的な関係を結ぶことによって天国に入ることができる」という事実を提供しなければなりません(ヨハ3:16、Ⅰコリ15:1-5参照)。善行を積むとか、できるだけ良い人になる、というような自分勝手な宗教観に従っていっても天国には行けないことを、きちんと教えてあげなければなりません。相手の宗教に配慮しつつ、私たちは、キリストの死、埋葬、そして復活という真の福音を伝えなくてはなりません。イエスが、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」(ヨハ14:6)と、はっきりおっしゃったのですから。
救いは人の力で到達できるものではなく、キリストの贖罪によって与えられる恵みだ。