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馬のアイマスク

1年で聖書を!
◆ エゼキエル書19-21
聖書のみことば 詩篇119:33-40
 
むなしいものを見ないように私の目をそらせ、あなたの道に私を生かしてください。―詩篇119:37

私たちの家からさほど遠くないところに、多くの馬を飼育する牧場があります。ある季節になると、目にマスクをかけられた馬を見かけます。私は長い間、目隠しをされるなんてずいぶん可哀想だと思ってきましたが、最近、そうではないことが分かりました。実は、目にかけられたアイマスクは網状の布で作られていて、目隠しではないのです。馬は見ることができます。一方で、馬の眼病の原因になるハエは、目にたかることはできません。アイマスクは、馬の視界を遮るためではなく、馬が病気で盲目になるのを防ぐためのものでした。

クリスチャンでない人は、聖書に関して同じような誤解をしがちです。この人たちは、世の楽しみを見せないように、神が聖書というアイマスクを人の目にかけるのだと考えます。そして、人生をエンジョイできないクリスチャンは可哀想だと思います。私が馬のアイマスクについて本当のことを知らなかったように、彼らは聖書について本当のことを知りません。聖書は、良いものを見ることを妨げるものではありません。うそ偽りに侵されて霊の目が見えなくならないように、私たちを守ってくれているのです。聖書は人生をエンジョイさせないのではなく、最高の人生を可能にしてくれるものです。

聖書は、真実を知るのを妨げるのではなく、うそを信じさせられることを防いでくれます。

(Julie Ackerman Link)

神のみことばのフィルターを通してこの世を見れば、神と世についての真理が学べる。

耳を澄ませる

1年で聖書を!
◆ エゼキエル書8-11
聖書のみことば ヨハネ10:1-10
 
彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。―ヨハネ10:4

すべての夫婦に当てはまるかどうか分りませんが、どういう訳か、私は考えごとをすると周りの音が聞こえなくなります。妻のマーティが大切な話をしているときでもそうなので、彼女はイライラします。遠くを見ているような私の目に気づくや、妻はしばしば言います。「あなた、私の話をちゃんと聞いているの?」

「聞く」ということは、どんな人間関係にも大切なことですが、神と人との関係にとってはなおさらそうです。神に属している人には、聖書のみことばや聖霊の働きを通して、神と対話する特権が与えられています。神の御声によって、義、愛、恵みなど、イエスの品性や神のみこころと整合性のあるものに導かれていくなら、私たちは真の牧者に注意を向けていると言えます。イエスがご自分を「良き牧者」と言われて明らかになさっているように(ヨハ10章)、イエスの御声に忠実に耳を傾けている人が、イエスの献身的な従者であり(4節)、キリストに似た者に変えられていく人です。

配偶者や友人の話にきちんと耳を傾けることが、「あなたは大切な人です」という無言のメッセージであるように、イエスの御声に注意深く耳を傾けることは、「私の人生にとって神はとても大切なお方だ」ということを証するのです。ですから、生活の雑音ではなく、イエスの御声に耳を澄ませましょう。そして、神がおっしゃることを実行する恵みが与えられるように、祈りましょう。

(Joe Stowell)

イエスの言われたことに耳を傾けることが、イエスに従う第一歩だ。

聴いて応答する

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書50-52
聖書のみことば 詩篇119:17-24
 
まことに、あなたのさとしは私の喜び、私の相談相手です。―詩篇119:24

自分のことばかり話す人に会ったことがありますか。礼儀で相手のことを訪ねると、その人は自分のことばかり話し、あなたについて尋ねようとはしません。ふたりの会話は、その人のことだけ、あなたの話題は皆無です。

さて、私たちのデボーションはどうでしょう。私たちはまず、神のみことばをいくらか読みますが、祈る段になると、さっさと自分のニーズに焦点を移して、あの問題を解決してください、生活の必要を満たしてください、病気を癒してください、助けてください、と祈ります。しかし、たった今読んだ神のみことばに対する応答はありません。神がたった今、語りかけてくださったことについては、ほとんど無視しているのです。

詩篇119篇の作者の態度は、このようではありません。この人は、「私の目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください」と、神のみことばを理解できるように助けてくださいと祈りました(18節)。彼にとって、神のみことばがどれほど大切であるかを告白し、「私の喜び」(24節)だと、祈りの中で述べています。

祈りの中でみことばに応答する習慣を身につけましょう。そうすれば、私たちのデボーションの質が大きく変わります。聖書を読むことと祈ることは、聴いて応答するというきちんとしたコミュニケーションであるべきです。

(Dennis Fisher)

神のみことばに耳を傾け、それについて祈ろう。

立入禁止

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書27-29
聖書のみことば ローマ5:1-8
 
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。―ヨハネ3:16

私が12才の時、父は製紙工場を定年になり、退職記念に木箱に入った聖書をもらいました。私は箱に書かれた「聖」という文字を見て、「立入禁止」と言われたように感じました。それでも私は好奇心を抑えられず、中を覗いてみると、表紙には十字架にかけられたイエスの絵とヨハネの福音書3章16節のみことばがありました。

捕囚の慰め

1年で聖書を!
◆ イザヤ書40-42
聖書のみことば イザヤ書39:5-40:5
 
慰めよ。慰めよ。わたしの民を―イザヤ書40:1

マサチューセッツ州ランカスターの入植地に暮らす50世帯の人々は、先住民に襲われるかもしれないと恐れていました。1675年2月10日のことです。清教徒牧師のジョセフ・ローランドソンは、村を守って欲しいと政府に懇願するため、妻のメアリーと子どもたちを残してボストンに出向きました。

たくわえる

1年で聖書を!
◆ 詩篇73-75
聖書のみことば 詩篇119:9-16
 
あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。―詩篇119:11

私が生まれたとき、曾祖父エイブラム・ヘスはすでに視力を失っていました。彼は旋盤を使って美しい木工作品を作ることで有名でした。また、聖句をよく引用することでも知られていました。彼と友人のイーライは、よく互いにみことばをやりとりしていました。

最高の教師

1年で聖書を!
◆ 詩篇58-60
聖書のみことば 詩篇1
 
幸いなことよ。悪者のはかりごとにあゆまず、―詩篇1:1

若者たちと将来について話すと、「世の中に出て行って悪い人と付き合ったり、世俗的な状況に身を置かない限り、人間として成長することはできない」という人がいます。このような考え方に飲み込まれ、信仰から離れてしまった未熟なクリスチャンは少なくありません。

初めての土地

1年で聖書を!
◆ Ⅰ歴代誌27-29
聖書のみことば Ⅱテモテ3:14-17
 
神のことばは生きていて、力があり、―ヘブル4:12

私たち夫婦はバージニア州の東海岸を目指してドライブしていました。私は地図を調べて、海岸に通じる道を探しました。そして見つけると、太陽の方角に車を走らせました。

みことばとともに目覚める

1年で聖書を!
◆ Ⅱ列王記21-22
聖書のみことば 詩篇119:145-152
 
私は夜明け前に起きて叫び求めます。私はあなたのことばを待ち望んでいます。―詩篇119:147

目が覚めると、部屋はまだ暗く、起きるには早すぎました。ため息をついて枕を直し、もう一度寝ようとしましたが、今日しなければならないことが次から次へと浮かんできて、どうにもなりません。食料品の買い出し、困っている友人に食事を届ける、Eメールの返事を書く、予約を入れている病院に行く…。不安で押しつぶされそうになったことがある人なら、眠るべきときに眠れず、天井を見つめている人の気持ちがわかるでしょう。