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イメージを気にする

古い家族写真を見ながら、いとこたちと冗談を言い合いました。私たちの家系が受け継いでいるのは何だろうと話していると、目につくのはたいてい、短い足、歯並びの悪さ、くせ毛といった、あまりぱっとしない身体的特徴です。一番コンプレックスに思っている体の部分が、先祖代々遺伝した特徴だというのも珍しくない話でしょう。しかし、私たちが先祖から受け継ぐのは、身体的特徴だけではありません。良きにつけ悪しきにつけ、性格も受け継ぎます。ところが、その部分はどうも見過ごされがちです。

常にアップグレード

家を出て仕事に向かおうとすると、「そんな格好で行かないで!」と妻のマーティに呼び止められることがあります。そして大抵の場合、ネクタイの色がもうひとつだとか、ジャケットとズボンが合っていないなどと言われます。自分の服装に疑問を呈されると、ファッションセンスに文句をつけられているようで良い気分はしませんが、妻の助言は正解だということはもう分かっています。それは、私をアップグレードさせてくれるのです。

完全に消えるまで

ワルド・キャニオンで2012年6月に発生した山火事は、コロラド・スプリングス一帯の住宅346棟を焼失させ、山林7,300万ヘクタール以上に延焼しました。当局は、延焼を食い止めるために防火線を設け、山火事をその中に閉じ込めることができたと発表しましたが、その地域は完全な鎮火が確認されるまで、他の地域と分断されていました。当局は、まだその地域で煙が上がる可能性があるとして地元住民に注意を促しました。火は小康状態になっただけで、完全に消えているわけではないからです。

望みをつなぐ錨

私はカナダのオンタリオ州ライス湖で、ポンツーンボートという釣り用の小舟に乗って、ブルーギル釣りをしていました。フランクとテッドも一緒でした。その日、魚の食いつきは最高でした。私たちは、忙しく餌をつけては釣り上げる、というのを繰り返しましたが、少しずつ手応えが悪くなっていると感じました。そしてその理由が、ボートが元々のポイントから動いているためだと気づきました。私たちの小舟は、錨(いかり)がしっかりきかずに湖底を滑り、強い風にあおられて流されていました。私たちは錨を引き上げて元のポイントへ戻り、再び錨をおろしました。ところが、また流され、三度試した後、あきらめて岸へ戻りました。錨を固定できなかったのです。

失望の中の喜び

神学大学の学生だったとき、巡回伝道をする音楽チームのオーディションを受けました。その奉仕に携われると思うと心が躍りました。ところが、私はオーディションに落ちてしまい、本当にがっかりしました。失意の中で私は、自分の願いを超えた神の優れた計画があると信じるしかありませんでした。

祝福された望み

世の終わりに関するたくさんの予言が、出ては消えていきます。そうした予言は、人々に不安と恐怖を与えます。一方、聖書は、主イエスが再臨される「主の日」と呼ばれるときがあることを伝えています。その日はやってきますが、それがいつなのかは、神だけがご存知です。

誠に申し訳ありません

ニュースは、スポーツ選手が飲酒運転で検挙されたり、政治家が破廉恥な行為を暴露されたりなどという有名人の不祥事が起こると、その事件の内容と本人の謝罪会見などをいち早く報じます。神妙な顔つきで「誠に申し訳ありません」と言っているのを聞いても、本人の心の中は神だけにしか分かりません。本当に反省しているのか、運悪く捕まってしまったと思っているのか、いったいどちらだろうと思ってしまうこともあります。

あわれみの力

作家であり、キリスト教の弁証論の著名な学者であるフランシス・シェーファーは、難読症という学習障害の持ち主でした。そのため、単語を正しく綴ることができません。大学の成績もふるいませんでした。試験やレポートを書くと、いくつもの単語の綴りを間違えてしまうからです。大学一回生のとき、ある教授が言いました。「この哲学の論文は、今まで読んだ中で最も素晴らしいものだ。しかし、綴りの間違いは最悪だ。君に合格点はあげられない。本当に困るね。」

確かな居場所

父はふるさとの思い出をたくさん話してくれました。子どもの頃は、毎年夏になると帰省する父に連れられて、わくわくしながら家族で出掛けて行き、そこで休暇を過ごしました。父と一緒にセントジョセフ川で釣りをしました。また、父が少年時代を過ごした農場を訪れると、父から聞いていた話の数々が鮮明によみがえってきて、それらを追体験することができました。今でも子どもや孫たちと一緒にそこを訪れることがあります。その場所は、私のふるさとではありませんが、自分の居るべき場所のような、懐かしい気持ちになります。