私たちの祈りと神のみこころ
祈ってくださいと書かれた手紙が届きました。「祈ってください。私は多発性硬化症患者です。筋肉が弱り、物を飲み込むのも困難です。痛みは増すばかりですし、視力も落ちています。」何もしてあげられないようで、やりきれない思いでした。とりなしの祈りを求める文面には、弱っていくばかりの体を憂う女性のあきらめさえ感じられました。
見捨てられた?
新約聖書の中で最も多く引用されている詩篇は何でしょう。なじみ深い23篇だと思うかもしれませんが、実は詩篇22篇です。その冒頭には、ダビデの悲痛な心の叫びがあります。「わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。」これは、イエスが十字架の上で口にされた言葉でもあります(マタ27:46、マコ15:34)。
助けはすぐそこまで!
1年で聖書を!
◆ 詩篇106-108
◆ 詩篇106-108
聖書のみことば 黙示録2:12-17
わたしは、あなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの王座がある。―黙示録2:13
チリの炭鉱で33人の作業員が地下深くの坑道に閉じ込められました。彼らは、自分たちは苦しみながらゆっくりと死んでいく運命をたどると思って絶望したのではないでしょうか。しかし、レスキュー隊が自分たちの正確な居場所を把握したこと、また、救助作業がすでに開始されたとのメッセージが地上からもたらされたとき、どれほどうれしかったことでしょう。
手に負えない不測の事態
1年で聖書を!
◆ 詩篇40-42
◆ 詩篇40-42
聖書のみことば ヤコブ4:13-17
むしろ、あなたがたはこう言うべきです。「主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」―ヤコブ4:15
人生には予期しないことが起こって、厄介な状況に陥ってしまうことがあります。数十年前のことですが、私の父は自分に落度がないのに解雇されました。その出来事が家族に与えた衝撃を今でも覚えています。養うべき子どもがたくさんいたので、失業は痛恨の一撃でした。