Category  |  試練

信仰によって前進する

カリフォルニア州の弁護士資格を取得するためには、非常に難しい3日間の試験に合格しなければなりません。マクシー・ファイラーは、1度や2度ではなく、合格までに48回受験しました。その目的は、彼の愛する町コンプトンで、立場の弱い人たちを弁護するためです。最初の挑戦から合格までの25年間、ファイラー夫妻は、7人の子を育て、全員を大学に進ませました。就任の宣誓の時、判事はこう言いました。「マクシー・ファイラーに関する三つの言葉。粘り、粘り、そして粘り」

涙と希望

イエスのエルサレム入城を祝う棕櫚(しゅろ)の日曜日は、メアリー・エドワーにとって、耐え難い悲しみの日となりました。礼拝後に夫婦で手をつないで歩いていたところ、爆弾が爆発し、夫は死亡、自身は負傷、そして流産したのです。

イエスへのささげもの

英国の19世紀の詩人クリスティーナ・ロセッティの作品に、『よき蘇り』という詩があります。「私は目を上げる しかし、悲しみで曇り、永遠の丘は見えない」。彼女は「心が石のようで希望も恐怖も感じられない」ときの不安も打ち明けます。しかし、絶望に勝る希望、新しい命を与えるキリストの復活を思い、祈りました。「芽生えも緑も見えない それでも 必ずよみがえる 春の活力よ イエスよ、私の内に 立ち上がってください」

憂いを超えて

カナダのシンガーソングライター、ゴードン・ライトフットは「エドモンド・フィッツジェラルド号の難破」や「心に秘めた想い」という不朽の名作で知られていますが、それほど有名でない曲の一つに「暁の吟遊詩人」があります。吟遊詩人とは楽器を奏でて自作の詩を歌い各地を巡る旅芸人です。「暁の吟遊詩人」も私たち同様、憂いではなく幸せを願っています。憂いや悩みはなくなりません。しかし、彼は、新しい朝が明けると、くよくよせず幸せを見つめるという選択をして、そのことを歌にします。

神を待つこと

ジョセフは求人情報を見ながら焦っていました。彼は高級取りのウェイターでしたが、レストラン業界は週末勤務が常態で、最近イエスを信じたのに、教会の日曜礼拝に参加できません。なぜ自分の祈りは答えられないのだろう、神は自分が教会に行くことを望んでおられないのだろうか、と嘆きました。しかし、1年が経ち、求職条件を見直そうと思い至ると、別の業界の平日勤務の仕事に就けました。

苦しむ人と共にいる

娘が最近、体調を崩しました。「パパ、頭が痛い」「寒気がする」「足をさすって」。娘は、症状を軽くしてほしいのですが、それ以上に、私がそばにいることを求めていました。結局、私は娘を救急外来に連れて行きました。「ウイルスです」と言われました。闘うほかありません。

神を真剣に求める代価

某国の22人のキリスト者が、外国から来た牧師と御言葉を学ぶために半日の道のりを経て極秘に集合しました。当局に見つかれば、3年間の刑務所暮らしです。22人のうち18人は、すでに投獄された経験があります。

イエスが下さる希望

大学3年生の娘アリッサを自動車事故で亡くしたクレイグから届いたメールが、私たちの関係の始まりでした。彼は耐え難い心の痛みを理解してくれる人を求めていました。

苦闘が育む力

ある少年が、中でもがくチョウを助けようと、さなぎを開いてしまいました。チョウは、苦しみから解放されましたが、飛ぶことなく、地に落ちて死にました。少年は、生き抜く力を育む機会をチョウから奪ってしまったのです。