なぜ車を止められたか分かりますかと交通警察官が尋ねると、ドライバーは心当たりがないと言いました。そこで「運転中にスマホをいじっていましたね」と諭すと、「いいえ。見ていたのはガラケーです」と反論しました。「ながらスマホ」の禁止は、ガラケーなら大丈夫というわけではありません。法律はわき見運転を禁じているのです。

イエスは「あなたの父と母を敬え」という律法を例にとって、「あなたがたは、……見事に神の戒めをないがしろにしています」と、当時の宗教指導者たちに指摘しました(マコ7:9-10)。彼らは宗教に献身していることを口実にして、裕福なのに家族をなおざりにしました。神に献げたので高齢の親を助けられないと主張したのです。イエスは「あなたがたは、自分たちに伝えられた言い伝えによって、神のことばを無にしています」と、事の核心を突きました(13節)。彼らは神を敬っていません。親を辱めていたからです。

正当化は狡猾(こうかつ)な行為です。人は正当化をして、責任を逃れたり、自分本位の言い訳をしたり、神直々の戒めを拒んだりします。そんなことは自己欺瞞(ぎまん)にすぎません。イエスは、私たちが自己中心な傾向を改め、聖霊に導かれ、神の良い教えに基づいて進んでいくきっかけを提供しておられます。