Month: 11月 2022

神は痛みを無駄にしない

オリーブは彼女の診療所から医療機器が搬出されるのを眺めていました。新品の備品も売却しました。開業は長年の夢でしたが、息子カイルが脳性まひで生まれ、彼の世話に専念することにしました。彼女は「何度生まれ変わっても、同じ選択をしたわ。でも、歯科医を諦めるのはつらかった。夢が絶たれたの」と話しました。

雑音ではなく

ある高齢の男性は、毎日何時間もテレビニュースを見ては、不安にかられていました。世の中も自分の境遇も破滅に向かっていると不安でした。娘は「いい加減にして」と頼みましたが、父親は、ネットも含めて、長時間、ニュースを見続けました。

みことばを離さない

ミネソタ州で牧場を営む大叔父の家のドア枠には、厳冬にも耐える丈夫な鋳鉄の輪が付けられています。30メートル以上離れた牛舎にも、同じ輪がしっかり固定されています。大叔父は、吹雪の前には、綱を二つの輪に通し、前が見えないほどの吹雪の中でも母屋と牛舎を行き来できるようにしていました。綱をつかんでいれば、道を見失うことはありません。

見返りを求めない奉仕

カフェテリアで朝食チャリティイベントを主催する朝。一人の女性客が未開封のままの食材をちらっと見、人手も時間も明らかに足りていないのを察して、「手伝いましょうか」と笑顔で申し出てくれました。

パンケーキを作りながら話すうちに、この女性客アニータは認知症の母親を在宅で介護していることが分かりました。この日は朝からヘルパーに来てもらって自分の時間を作るつもりだったけれど、代わりにこのイベントを手伝うことにした、と言いました。

自分のことを脇に置いて手伝ってくれたアニータから、この世で人々に奉仕されたイエスのことを思いました。最後の晩餐では、ご自分の不安をさておき弟子たちの足を洗われました。迫りくる究極の苦しみを予見しつつも、弟子たちの一番の必要に心を留め、大切なことを教えられました。

この時、イエスは人に仕えてもらう権利をいとも簡単に放棄されました(ヨハネ13:4)。場の主役であり、知恵ある先生、受肉した神であるイエスが、ご自分の権利を手放し、ひざまずいて弟子たちの汚れた足を洗い流されたのです。そして、「 主であり、師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのであれば、あなたがたもまた、互いに足を洗い合わなければなりません」(14節)と言われました。

キリストは、単に善行を勧めたのではありません。大小を問わず、他者のために自分を捨ててこそ意義ある奉仕だと示されたのです。神の力によって、人の話に耳を傾け、受け入れ、養い、イエスを指し示すことができますように。イエスは「仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来た」(マルコ10:45)方なのですから。

デイリーブレッド寄稿者Jennifer Benson Schuldt

どうすれば主のように人に仕えられるでしょう。今月は、もっと人に目を向け、イエスの愛と力によってよりよく仕えるにはどうしたらよいかを考えてみました。このトピックは、11月181522日のエッセーでも取り上げています。

今月の祈りの課題

今月の祈りの課題をアップしました。是非、祈りを通して私たちの働きに加わってください。

共により良く

働くシングルマザーのマリーが、礼拝や聖研を欠席することはめったにありません。毎週、5人の子どもとバスで来て、準備や後片付けの手伝いもします。ある日、数人の教会員からの贈り物がある、と牧師に言われました。ある夫婦は、安い家賃で家を貸すと申し出ていました。別の夫婦は、経営するカフェの社会保険付きの仕事を紹介しました。ある青年は、整備済み中古車を将来の整備と合わせて提供しました。マリーは、神と人に尽くし合う共同体で生きる喜びを神に感謝しました。