近所の空き地にきれいな畝がいくつもできています。そして小さなつぼみをのぞかせた葉っぱがたくさん植わっていました。翌朝、赤いチューリップの花が開いているのを見て思わず立ち止まりました。

昨秋、シカゴのサウスサイドの空き地に多数の球根を植えた団体がありました。非白人の居住地域を融資対象から外すという銀行の「赤線引き」に抗議するためです。赤いチューリップは、ここにあるはずだった家々の象徴です。

神の民は、故郷を追われ「赤線引き」のような差別をされるなど、数々の試練に耐えてきました。それでも、私たちは希望を失いません。預言者イザヤは、捕囚の民イスラエルに、神は見捨てられないと知らせました。神は灰の代わりに「頭の飾り」を、貧しい人には「良い知らせ」を下さいます(61:1)。憂いの心の代わりに「賛美の外套」を着けさせると約束しておられます。これらの比喩は、神の麗しさを想起させます。今や、打ちひしがれた捕囚ではなく「義の樫の木」(3節)と呼ばれる人々に喜びを下さいます。

これらのチューリップも、神が悪意や差別からご自分の栄光を生み出されることを示しています。私は毎年、このチューリップを楽しみにします。そして何より、この地域や同様の地域に、希望が再生されることを待ち望みます。