Month: 11月 2024

本当っぽく見えるうそ

素晴らしい撮影技術と感動的な音楽。その内容は驚きと共感を呼ぶものでした。レッドウッドの木にアドレナリンに似た物質を注射し、休眠状態を妨げた研究のビデオです。自然の循環である「冬」を奪われた木は枯れてしまいました。

羊飼いが勇気をくれる

テキサスA&M大学のキッカー、セス・スモール選手が位置につくと、スタジアムの大観衆は総立ちでした。全米カレッジフットボールの長年の強豪チームを38対38の同点にまで追い詰め、残り時間は2秒です。このゴールが決まれば大逆転勝利です。スモールがキックすると、ボールはゴールポストを通過しました。スタジアムは大歓声に包まれました。

すべての民族を愛する

私は中南米出身の愛情深く勤勉な両親のもとに生まれました。二人が将来のために勇気をもってそれぞれの家族の先駆者となり、米国に移住したことを感謝しています。二人はニューヨークで出会って結婚し、私たち姉妹を育て、各々の仕事をしています。

父の自死とそれからの私

世界中で毎年七十万人近い自死者がいると推定されています。その亡くなったひとりひとりには家族や友人がいます。著者アルバート・シー氏もその一人です。 ここには、遺された人がたどる悲しみや苦しみの道、その只中で神がどのように寄り添い、生きていく力をくださるのかが、正直に丁寧に記されています。

監修翻訳: ナインの会(クリスチャン自死遺族自助グループ)

本プランは同タイトルの探求の書を再構成したものです。PDF版は弊社ホームページからダウンロードできます。引用・参考文献についてはPDF版をご参照ください。

天の父は変わらない

身長190㎝のザビエルは、幼子のザリアンを軽々と持ち上げました。そして、キャッキャッと笑う息子の足を大きな手のひらに乗せ、腕を伸ばして彼を立たせました。バランスを取るように励ましつつ、失敗してももう片方の手で常に受け止められるようにしています。ザリアンはまっすぐに立ち上がり、満面の笑みで父を見つめました。二人の視線が重なりました。

マグダラのマリヤ イエスに育てられた信仰の軌跡

復活のイエスに最初に出会ったのはペテロやヨハネといった12弟子ではなく、マグダラのマリヤでした。イエスが彼女を信仰者としてどう育てられたのでしょう。また、彼女はそれにどう応えたのでしょう。先生の中の先生、最高の師匠の弟子として成長するとはどれほど素晴らしいことなのか、共に学びましょう。「イエスは先生の中の先生、師匠の中の師匠です。私たち一人ひとりに、それぞれが学ぶべきことを、それぞれにふさわしい方法で学ばせてくださいます。……信仰の無い人から信仰のある人へ、そして、信仰があるだけではなく、生きて働かれる神を信頼してゆるがない人にステップアップさせようと、私たちに働かれます。」(本文より)

神に仕え、人に仕える

ブラッドは引っ越した町で見つけた教会の礼拝に何度か出席した後、どんなことでもよいから奉仕したいと牧師に伝えました。そして、礼拝のために椅子を並べたり、トイレ掃除をしたりしましたが、やがて、彼の賜物が発覚しました。それは聖書を教えることでした。それなのに、何でも喜んでやったのです。

父の日の黙想 お父さんと子どもたちへの福音

聖書から父の日をテーマにした5つの黙想を用意しました。父との間、また子どもとの間にある複雑な思いにふたをしないで、そのまま神に打ち明けてみませんか。それはもう一人の「真の父」との絆を求めるあなたのたましいの叫びなのですから。あなたの率直な祈りの道しるべとなりますように。

まず神を求める

中西部のある大学からSNS経由で夫にアプローチがありました。夫は応募書類を送信し、「みこころでなければ、神様が道を閉ざしてくださるよ」と言いました。

「そうとは限らない」と私は答えました。「聖書の教えに従って進むべき方向を祈りながらしっかり考えることが神に求められている場合もあると思う」

私たちはまず別々に祈り、その後二人でメリット・デメリットを話し合いました。そして、1ヵ月も経たないうちに引っ越しました。愛着ある地を遠く離れる意味が、当時は理解できませんでしたが、主のみこころに従っているという確信はありました。

当初はよく分からなかったけれど、神の望まれる所に至る決断だったと後から分かる。長い人生には、そのような経験があるでしょう。しかし、自分の力だったと思ってはいけません。

私たちは信仰を試す試練にあう、とヤコブの手紙は語ります(1:2-3)。そして、試練の中で神を仰ぎ、知恵を求め、忍耐が養われ、正しい決断をする成熟した人になる道を提示します(4節)。知恵が足りなければ、「だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい」(5節)。求める姿勢も大事です。祈るとき、「少しも疑わずに、信じて求めなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです」(5-6節)。「疑う」とは、神の誠実さと善意を疑うことです。神に頼り切れず、自分で何とかできないものかと思い悩むのです。

内容の大小にかかわらず、常に神を念頭に置いて決断することが、賢明で成熟したキリスト者への道です。聖霊に勇気を頂き、大胆に神の導きに従うなら、神は、みことばの教えに沿った方法で、ご自分の完全なご計画とタイミングに合わせて、全てを整えてくださいます。

デイリーブレッド寄稿者 Xochitl Dixon

神のみこころが分からないと感じることがあります。どうすれば神に喜ばれる賢明な決断ができるのでしょう。
【このテーマは今月の以下のエッセーでも取り上げています。】
1日 時間を最大限に活かす
8日 神の定めた時
15日 いのちを選ぶ
22日 賢い選択