

信仰のために戦う
その27歳の留学生は、1週間に2度も閉山中の富士山で遭難し、救助されました。1度目はアイゼンを紛失して下山できなくなり、防災ヘリで搬送されました。4日後、置き忘れたスマホを探しに再度入山。今度は高山病で再び救助が必要になりました。これが話題になったのは、著しく自己責任を欠いた行為だったからですが、その行為は、ある霊的な現実も想起させます。つまり、神に救い出していただいたその場所に再び戻ってしまう傾向が、私たちにあることです。

思いがけない方法で
フランスの伝説によると、13世紀、ある貴族が、愛犬グレイハウンドのギヌフォールに子守りをさせ、外出しました。帰宅すると、ベビーベッドが倒れ、室内はめちゃくちゃ、赤ん坊の息子はおらず、犬の口は血まみれでした。彼は、犬が息子を襲ったと思って、犬を殺しました。その後、犬のかみ痕だらけの大きな蛇が見つかり、息子は、ゆりかごの下に無傷で隠されていました。ギヌフォールが彼の命を守ったのです。人々は、犬の英雄的な行動と悲劇的な最期に感動し、何と、ギヌフォールを聖人にしました。

削除を促すメッセージ
私のスマホには、不要なファイルの削除を促すメッセージが頻繁に現れます。例えば、「不要なファイルが675MBあります。削除して空き容量を増やしますか」のように。毎度の催促にへきえきしてはいますが、その通り削除すると、スペースができます。すると、大切なもの、例えば、娘が水泳大会で1着になる動画を撮影して保存できます。その瞬間をキャッチできたのに、認知していない不要なファイルに妨げられたりしません。

神を畏れる
タニタンは「昔は人を殺したが、イエス・キリストを信じて以来、神は、その行為を許しておられない」と言いました。彼は、フィリピン・シエラマドレ山脈で暮らす首狩りの文化を持つ民族、イロンゴット族の一員です。彼は、キリストを信じる前と後との生活を次のように語ります。「以前、死ぬのは怖かったが、人を殺すのは怖くなかった。今、殺すのは怖いが、死ぬのは怖くない」