
羊飼いの心
ティムは自宅の庭で迷子の子鹿を見つけました。その後、森から出てきた鹿の群れに出くわしました。1頭の雌鹿は特に周囲に神経を尖らせているようでした。子を見失った母親なのでは、と考え、子鹿の助けを求める鳴き声をスマホで検索し再生しました。すると雌鹿がついて来たので、茂みでじっとしている子鹿のところに案内してあげました。子鹿は乳を飲み始めました。不安からの解放。母子の再会。全てはティムの思いやりのおかげでした。

信仰によって歩む
夜の祈祷(きとう)会に参加しようと、その女性は教会堂へ続く階段を、一段一段、極めて慎重に登っていました。痛みと息切れで、立ち止まった時、一人の男性が通りかかり言いました。「一歩ずつですよ。そうすれば必ず着きます。急がずゆっくりいきましょう」。彼女は力をもらったかもしれません。そして、この女性に向けられたその言葉は、疲れた心で歩いていた私のことも、確かに励ましてくれました。

キリスト者同士の協力
ニューヨーク市のブルックリン橋の建設は1869年に始まりましたが、主任技師ワシントン・ローブリングが、重病に倒れました。彼の妻エミリーは、夫の設計図・仕様書を含む一切の計画書を懸命に理解し、必要な修正を加え、助手たちに指示を出しました。エミリーは全力を尽くして夫を助け、1883年に橋が開通すると、馬車で最初に渡りました。夫は彼女の「卓越した才能」と「工事と工学的計画に関する深い理解」を称賛しました。

イエスにとどまる
喜びは記憶されてこそ完全に成熟する。これは、C.S.ルイスの『沈黙の惑星を離れて』の登場人物の言葉です。それは、追憶の喜びを語っています。ハイキングで絶景を見て感動したり、大切な人と記念日を祝ったりする喜びは本物です。しかし、それは喜びの始まりといってよいでしょう。その瞬間(またはそれに類する瞬間)を、後で振り返った時、その時の喜びが増幅されるのです。
